【シリーズエッセイ】カラダにまつわる数字のリアリティー その3「人体の細胞数は、60兆個ではなくて、37兆個」

カラダにまつわる数字シリーズ、3回目です。

人体の働きについて文章を書くとき、決まり文句のようにしばしば出てくる数字が、いくつかあります。
その代表格がたぶんこれでしょう。

 

「人のカラダは、約60兆個の細胞でできている」

はい、多分このブログも、さかのぼっていったらどっかにこの数字が出てくると思います。

なので、この数字シリーズでも60兆を取り上げたいと思って、何かネタがないかな〜ってぼんやり考えてたのね。

で、、ふと、思った。

これは、どういう根拠で導いた数字なんだろう、と。


こういうざっくりした大きな数字を概算するのって、実はけっこう大変なことです。

 

世の中でよく目にするのは、何かイベントなどがあった時の報道などで、「○万人が参加しました」っていうやつね。

僕は当初、この数字もあれと同じようなやり方で算出しているんだろうって、勝手に思いこんでいました。

 

 
イベント参加者の場合、入場券の販売数などがきっちり管理されているなら、正確な数がわかるのですけど。

でも、無料のイベントなどでは、正確な数を把握している人は、どこにもいない。

 

そんな時に、報道機関などがやる古典的な方法は、、

 

・その人が集まった風景を空撮して(今ならドローンとか使うのかな)、

・面積がわかる、ある一区画の人数をなるべく正確に数えて、

・その人数に、総面積を掛け算して、概数を出す

 

というアプローチです。

 

この場合はもちろん、人数を数える区画をどう設定するかが重要なポイント。

全体を俯瞰して、人の密度が平均的(に見える)場所を選ばないといけない。

 

逆に言うと、その設定をどちらかに振ることで、意図的に大きな(または小さな)概数を導くこともできます。

デモ行進や反政府的な集会などの報道では、動員数が主催者発表で3万人、警察発表は8000人、なんてことがときどきありますが、あれは数を多く(または少なく)見積もりたいというバイアスがそれぞれに働くことで起きる現象と考えられます。

 

まあ、要は、かなりぶれやすい、アバウトな算出法だ、ということ。

それはともかく。。

 

僕は、かの「60兆個」という数字も、こんなタイプの見積もりで算出されたのだろう、、と、そう思っていました。

 

たとえば、肝臓という臓器があります。
解剖をすれば、ある体積あたりの細胞数(細胞密度)は、だいたいわかります。
そして肝臓のサイズ(体積)は、だいたい決まっている。
それを掛け算すれば、肝臓の細胞数の概数が求められる、と。

 

そんな操作を、カラダの様々な組織ごとに積み上げていって累積すれば、全身の細胞数を見積もることができるはずです。

 

たぶん、昔の解剖学者さんとかが、そんな感じのことをやったんだろう、、、と、そんなイメージを抱いていたのです、、けど。

 

ふと、気になったんですね。

 

60兆って、端数のない、妙にキリのいい数字だな、と。

 

これはもしや、類推を積算して求めた数字ではないのかもしれない、と。

 

では、、これ以外に、どんな推定方法があるか?

そこで、、、はたと、ひらめいた。

 

前回前々回と、生命現象を司るミクロの世界をざっくり紹介してきました。
その中に「細胞」も出てきていて、、

 

ヒトの細胞のサイズを「10〜数十ミクロン程度のサイズ」と表記しました。

 

これを仮に、計算しやすい概数として、「一辺10ミクロンの立方体」と近似します。
まあ、この設定自体は、そんなにおかしいものではないでしょう。

そして、その素材はほとんど水ですから、比重を約1と設定します。

すると、、、細胞1個の重さはだいたい1ナノグラムってことになります。

 

で、大人のヒトの体重を約60キロと設定して、、、

1ナノグラムの細胞が何個あれば60キロになるか、と割り算すれば、、

 

はい、60兆個という答えが得られます。

 

えーーーっ、、、、

 

そこまで単純な話?!

 

・・・って、計算がピタッと合った時に、僕もそう思いました。

 

いや、でも、、、たぶん、このやり方で間違いないです。

こんなにピッタリ合うんだし。

最初に60兆と見積った人は、きっとこのアプローチでこの数字にたどり着いたに違いないです。

(同じような単純な発想で求められたと思われる概数に、「血管の総延長が9万キロ」というのがあるのです。これはたぶん次回、取り上げますね)

 

で、、実は数年前に、「人体の細胞数を正確に見積もってみた」という趣旨の論文が出ていて、ちょっと話題になったのです。

 

そこでは60兆ではなく、もうちょっと少ない数字、たしか30兆台の数字が報告されていたはず・・・

 

、、、そんなことを思い出して、ググってみたら、

こんなブログが見つかりました。

はい、「37.2兆個」と提唱した論文があるとのこと。

ついでに、、、「60兆」の根拠はやはり、「細胞1個の推定の重さ(1ナノグラム)で体重60キロを割って求めた概数」ってことらしい。

論文はこちら↓

An estimation of the number of cells in the human body

 

ここでは、さっき紹介した、イベント参加者の見積もりと同様のアプローチで、組織ごとに細胞数を推定して、最終的にそれを積算しています。

やってることは単純ですが、ものすごい手間のかかるお仕事のはずです。

 

で、、、おそらく、60兆よりはずっと精度の高い数字でしょう。

なので、今後、人体の細胞数についてものを書く時は、なるべくこっちの数字を使うようにしよう、、と思います。

 

いや、まあ、ただね、、、

 

そうはいっても、この種の数字の見積もりって、本質的にとってもアバウトなものだから、60兆と37兆は、「そう大差ない」ともいえます。


むしろ、異なるアプローチで出した見積もりで、桁が一緒になったのだから、「ああ、たぶんこのぐらいのオーダーの数値なんだな」と納得しておくぐらいが、正しい態度なのかもしれない、とも思います。

 

まあ、それはともかく、ですね。

 

「組織ごとの見積もりを推定して積算する」と書きましたが、、、

 

いろいろとある体の組織細胞の中で、一つだけ例外的に、極めて高い精度で細胞数を類推できるものがあります。

 

血液中の細胞数です。

 

たとえば、血液を10ccばかり採取したとしましょう。

そしてそれを、軽く遠心分離機にかける。

遠心力によって血液中の細胞が沈降し、血液は「水の層」(血漿)と「細胞の層」に分離します。

 

その体積比は、ほぼ1:1。

 

血液10ccに含まれる細胞の体積の総和は、約5ccとなります。

 

そのほとんどは、赤血球です。

血液中にはいろいろな種類の細胞がありますが、99%ぐらいが赤血球。白血球とか、リンパ球とか、そういうのはごくごくわずかです。
機能的なことを考える時はそういう少数派のことも重視する必要がありまあすが、ざっくりした概算をする時は、大多数を占める赤血球のことだけ考えておけばOK。

 

で、、赤血球という細胞のサイズは、かなり正確にわかっています。

小型の、円板状の細胞。直径が約8ミクロン、厚さが2ミクロンぐらい。

 

ということは、、1個あたりの体積がすぐに計算できます。

 

次に、、人体内の血液の総量は、理屈の上では実測可能です。

 

まあ、、、もし実測したら、その人物はもはや生きていない状態になるでしょうから、現代の日本ではおいそれと計測されることはないと思いますが。。

 

でも、人類の歴史上のどこかでは、実際に人間の体を使って(まあ死体だったかもしれませんが)、人体に含まれる血液量が計測されたことがあるはず。

 

で、、おそらくは、そういった先人の探求の結果をふまえて、、人間の血液量は、体重の約8%と見積もられています。
これは、実測ベースの数値なので、かなり精度の高い数字といえます。

つまり、、血液の総量がわかって、その体積の半分が赤血球。そして赤血球1個の体積もわかっている。
こうなれば、赤血球の総数も、かなり精度高く算出できます。

 

途中経過は省きますが、、、

 

体重を60キロぐらいと仮定して計算すれば、、赤血球の総数は20兆個強、という数字がでるはずです。

(以前、計算したことがあって、大まかな答えだけ覚えてた・・・)

 

で、、この計算をした当時は「人体の細胞総数は60兆個」って思っていたので、その3分の1が赤血球という見積もりに、「ヘーー、すごいな赤血球」と感心していたわけです、、が、、

総数が37兆だとすると、、

 

3分の1どころではない。

 

過半数赤血球ですわ。

 

ほんまかいな?

 

はい。上で紹介した論文には、組織ごとの細胞数の見積もりを表にして掲載しているのですが、そのなかでダントツにトップなのが赤血球

この論文では、

2.63 × 1013

という数字を出しています。

 

26.3兆個。

 

37兆のうちの、なんと71%を占めます。

 

私たちの体の細胞のうち、約7割は、赤血球なのです。

 

 

これが、現時点で最も精度の高い見積もりから得られた結論です。

 

ご存知のように赤血球は、血流に乗って全身に酸素を送り届ける機能を担っています。

成熟した赤血球の内部には核がなく(つまりDNAもない)、もはや細胞分裂はしない。

酸素輸送に特化した、究極の運び屋です。

 

「核を失う」という赤血球の成熟プロセスは、生物学の中では例外的な現象と考えられています。

で、、「例外的」という言葉から、私たちは往往にして勝手に、「少数派」というイメージを抱きます。

 

すると、、、「全身の細胞の7割が、例外的な細胞」という結論に対して、妙な違和感を覚えるわけです。

 

こういうのは、頭が作り出した違和感です。

 

カラダは、単に、うまく機能するためのパーツを取り揃えただけ。

そこに「通常はこう」「これは例外」などというレッテルを貼ったのは、人間の頭の解釈。

 

そんなことを味あわせてくれる数字なのでした。