力を抜けば力が出る
前回の書き込みの続編。
もうちょっと具体的なお話です。
野口体操の羽鳥先生のブログとの往復書簡のような感じにもなると思いますので、そちらもぜひご覧ください。
前回は、現代に生きる僕らの体は、無意識のうちに力みがちだというお話でした。
で、体をゆるめるコツを身に付ければ、心理的にも、人間関係でも、いろいろいいことがあるよ、と。
今回は、「ゆるめることでむしろ力が出る」というお話です。
扱うテーマは「腹筋運動」。
床に仰向けになって、上半身を起こす、あの運動です。
体育の授業や部活でガシガシやらされて、いや〜な思い出をお持ちの方も多いでしょう。
あの動作は、腹筋(腹直筋)の筋トレ運動として定番です。
ということは、腹直筋に負荷をかけて、筋力アップを図っているわけです。
だから当然、あの動きをやっている最中には、お腹にガッと力が入っている感覚がある。
実際、取材の一環として、大学の体育系研究室で筋電図を測ってもらったこともあるのですが、あの上体起こしをやっている最中は、腹直筋の活動電位が一気に高くなります。
普通、ああいう動きをするときは、「よし筋トレするぞッ!」という意気込みで、体を起こすたびに「ハッ!」と気合を入れたりして、力を出そうとします。
そんなふうに頑張ることで、力が出るような気がしている。
だけどそれは本当かな?というお話。
野口体操には実は、腹筋運動と少し似た動作があります。
「おへそのまたたき」という、気合とは全く縁遠い名前がついているのですが(笑)
とりあえず動きを見ていただきましょう。
このページの上から5番目の動画です。
いわゆる「筋トレ」的動作の力感とはかけ離れた、のんびりした動きです。
実際にやっている感覚としても、「体に力を入れる」という意識はほとんどありません。
出だしで腕を放り上げるタイミングと、コツだけ。
あとはむしろ、脚や上半身の力をできるだけ抜く方向に意識します。
すると、まるで何か不思議な力に背中を押されているような感覚で、上半身がスイ~~~っとのんびり起きていく。
上体はむしろ、後ろ側に反ってぶら下がっているような感覚なのです。
さてこのとき、体はどんなメカニクスで動いているのか。
腹直筋が主動筋ではないのは確かです。
腹直筋は、肋軟骨や胸骨(みぞおちの上にある骨)と恥骨を、上下に繋いでいます。
だからこれが縮むときは、体幹(上半身)全体が前湾する方向に曲がります。
(提灯の蛇腹を片側だけ縮めて曲げた姿を想像してください。縮めた側がお腹)
実際、通常の腹筋運動では、上半身を起こすときに、背中を丸めてお腹を縮める姿勢をとりますね。この姿勢のときに、腹直筋が収縮し、力を出している。
でも、、「おへそのまたたき」では、体幹が前に湾曲するのは、最初の背中を浮かすあたりだけ。
その後は、いったん軽く前湾した体幹をむしろ引き伸ばしながらゆるゆると起き上がっていきます。
やっている意識としてはこのとき、仙骨を立てるイメージが大事なのです。
背中が少し浮いたあたりで、仙骨を立ててクッと腰が入れば、あとはもう何もしなくていい。体が勝手に起きていきます。
このとき働いている筋肉はたぶん、大腰筋と腸骨筋(合わせて腸腰筋とも呼びます)。
●大腰筋:腰椎(腰の部分の背骨)から始まって、お腹の内部を下がり、ソケイ部を通って、大腿骨内側(内もも)に達する左右1対の筋肉
●腸骨筋:腸骨上縁(腰に手を当てたときに触れる骨盤の上縁)から始まって、お腹の内部を下がり、ソケイ部を通り、大腿骨内側(内もも)に達する左右1対の筋肉
体の中の通り道、イメージできますか?
仰向けに体を伸ばしたところから、この筋肉が収縮すると・・・
股関節を支点にして、体が前に屈曲します。
つまり、上半身が起きてくるわけです。
で、、、ここで大事なのが、腸骨筋が腸骨上縁(骨盤の上のへり)から始まっていること。
骨盤の上縁を引っ張って上半身を起こすのだから、当然、体は骨盤から起きてきます。
これが、「おへそのまたたき」で体を動かす感覚の「仙骨を立てる」とつながっている。
クイッと仙骨を立てることで、腸腰筋のスイッチが入るのでしょう、おそらく。
するとこの筋肉の力で、体がぐぐぐぐっと引き起こされる。
そうなんです、腸腰筋に力が入っている感覚は、意識としてはほとんど感じられないのです。
前回の書き込みの分類でいうと、この筋肉はほとんど不随意筋といえます。
一方の腹直筋は、随意筋。だから力を入れているという感覚がある。
一生懸命頑張って体を起こそうとすると、この筋肉に力が入ります。
そして腹直筋が縮むときは体幹が前湾するので、骨盤にはむしろ後ろに倒れる力が働きます。
だから、腹直筋が収縮して上体が前湾してしまうと・・・腸腰筋のスイッチが入らなくなってしまうのでしょうね。
仙骨を立てて腸腰筋のスイッチを入れようとするなら、腹直筋をゆるめないといけない。
もう一度、さっきの動画を見てください。
両手をふわりを動かして、背中が浮いた瞬間は、腹直筋に力が入っているはずです。
これは体を起こす動力というよりも、最初のきっかけづくりのようなイメージ。
次の瞬間に、今縮んだ腹直筋をゆるめて、仙骨(骨盤)を立てる。
すると腸腰筋のスイッチが入って、、、、あとは体が勝手に起きていく・・・
とまあ、理屈としてはこんなメカニズムで、体を動かしていることになります。
腹直筋に力を入れる時間をできるだけ短く、またたきするぐらいの時間の緊張で体を引き起こす、という意味で「おへそのまたたき」なのです。
動画の下の解説を、ここにも転記しておきます。
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『ある動きをするために、働く筋肉の数は少なく、働く時間は短く、働く度合いは低いほどいい。力を抜けば抜くほど力が出る』
この原理を野口は「おへそのまたたきの原理」と名付けました。
あらゆる動きにおいて余分な力を入れない・余分な力を使わないことに共通する感覚です。
「おへそのまたたき」は、いわゆる腹筋運動ですが、
作用・反作用をうまく使いながらできるだけ少ない力で
上体を起こす感覚をつかんでみましょう。
野口体操の基本の動きであり感覚であるといえましょう。
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で・・・言葉で書くとけっこう複雑に見えますけれど、普通の腹筋運動を50回、100回とこなした経験がある人なら、たぶん自然に同じような感覚を身に付けています。
普通の腹筋運動でも、数をたくさんこなそうとすると、最初の一瞬だけ腹直筋の力ではずみをつけて、あとは上体前湾をゆるめながら惰性っぽく体を起こすほうが、はるかに楽なのです。
なぜ楽なのかというと、それはもちろん、上体前湾をゆるめたあとは腹直筋ではなくで腸腰筋が働いているから。
8つに割れた腹筋を目指して筋トレするような人は、こういうやり方をしてはいけない、と指導されます。
上体を起こす最後の瞬間まで上体前湾姿勢をキープし、腹直筋に負荷をかけ続ける。
まあ確かに、筋トレ効果としてはその方が高いでしょう。
だけど、、、体の操り方としては、わざわざよけいな力を消費するヘタクソなやり方を練習していることになります。
そうやって一つの筋肉にだけ負荷をかける動き方では、スポーツや労働をした場合、すぐにそこが集中的に疲れて動けなくなるし、ヘタをすると怪我をしかねません。
全身の多くの筋肉になるべく万遍なく仕事をさせるのが、疲れにくい、体のうまい操り方。
特に腸腰筋のような不随意筋的な筋肉をうまく働かせれば、体は本当に楽に動きます。
これは歩くときも、階段を昇るのも、荷物を持つときも一緒。もちろんスポーツでもそうでしょう。
そのためのコツが、「力を抜くこと」なのではないか、と。
そんなことを考えながら、野口体操をやっています。