丹野めぐみ主催「ピアノクリニック」の成果と発見

人間には、自分が思っているより、はるかに大きな可能性が宿っている。

顕在化の条件さえ整えば、ものすごいものが出てくる。

 

ごく最近、そんなことを強く実感するイベントがあった。

 

3/30、友人のピアニストである丹野めぐみさんがコーディネートした「ピアノクリニック」というイベントだ。

 

5人のピアニスト(アマチュア愛好家からプロを目指す音大生まで)が、それぞれ持ち時間1時間で、4人のコメンテーターからアドバイスを受ける。

4人のうち2人はピアニスト。あとの2人は、身体方面が担当だ。

その場には多くの聴講者が立ち会い、音がどう変化するのかをみんなで体感する。

一種の公開講座といえる。

 

僕は丹野さんから請われて、身体方面のコメンテーターの一人として参加することになった。

 

弾く姿勢や呼吸などを観察し、より自由度の高い状態に持っていくためのアドバイスをする。

 

世の中にはもちろん、僕よりはるかに高いレベルでこういう役割を果たせる人が、たくさんいるだろう。

っていうか、僕はそもそも身体の専門家でも、指導者でもない。本職はもの書き。身体系のいろんなセミナーに出るのが好きで雑学的な知識はいろいろあるけど、それはあくまで教わる立場だ。

 

だから最初は躊躇した。自分が、有料のイベントでアドバイスするなんて、やっていいのか?って。

 

でも、最終的には前向きに引き受けた。

 

丹野さんとはもともと、野口体操の教室で知り合った。

彼女が奏でるピアノが好きで、音楽表現と身体の関係についてしばしば語り合ってきた仲だし(だから彼女が何をしたいのかというイメージはかなり共有できている)、そうした交流を踏まえて、信頼されて、依頼されているのだから、きっと現場でできることがあるに違いない、と思ったのが、理由の一つ。

 

もう一つは、何が起きるか見当もつかない「本番」(練習や講習会ではなく)に身を置くことで、初めてわかる(学べる)ことがあるだろう、と思ったから。

 

僕はこれまで、身体系の講座やワークショップにいろいろと顔を出しているけれど、人に伝える(教える、導く)立場に立ったことは、ほとんどない。

 

やっぱり人間は誰でも、「本番」にならないと本気が出ないという側面がある。

 

特に自分は、もの書きという「締め切り」がある仕事を長年やってきたから、「追い込まれて初めて本気スイッチが入る」という感覚は、骨身に染み付いている。

 

だったら、そろそろ体の分野でも、今までとは違うステージに自分を置いてみるのもいいかも、って思った。

 

しかも今回は、野口体操や骨ストレッチを長年、一緒にやってきた大野晶子さん(鍼灸・マッサージ師)と、丹野さんと親交が深い国際的なピアニスト、ミヒャエル・ツァルカさんもコメンテーターとして参加している。

 

これだけのメンツがいるのだし、どう転んでも受講者に役立つ場になるのは間違いない。

 

だったら自分は、現場で起きるに違いないいろんな面白いことを、とにかくしっかり体感しよう、あとはまあ、自分の中から何が出てくるのか楽しみにしておこう、と、そんな心境だった。

 

というわけで、、、当日は見事に楽天的な、はっちゃけた精神状態で臨むことになった。

 

結果として、これが大変良かったようだ。

 

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5人の受講ピアニストは、背景も演奏技術もさまざまだけど、概ねみんな「緊張している」という共通点があった。

まあ、そりゃそうだろう。「人前で弾く」という状況で緊張しない人は、普通、いない。

やっぱり誰もが、なるべく失敗はしたくないし、できればいいとこ見せたいって思う。当然の人間心理だ。

 

そして緊張すれば体が硬くなり、パフォーマンスが下がる。

これも、誰にでも起きる、当たり前のことだ。

 

その緊張を解き、さらには日頃の練習や日常生活で蓄積した体のこわばりや詰まりなどを取ることができれば、パフォーマンスは確実に上がる、はず。

 

理屈ではもちろん、当然、そうなるだろうと思っている。

 

でも、、、実際にあそこまで音が変わるとは、ね。

それは、かなりの驚きだった。

 

僕だけじゃない。受講者本人、聴講者のみなさん(その中には音楽大学の教官や現役演奏家といった玄人筋の人たちもいた)、さらにコメンテーター陣も、大幅な音の変化に、一様に驚きと感嘆の表情を浮かべていた。

 

最後の仕上げに演奏をしたときに、「ブラボー!」と叫んだ聴講者の方もいたほどだったのである。

 

なにが、それほどの変化をもたらしたのか。

 

2人のピアニストのアドバイスを聞きながら、「ほほぉ」と気づいたことがあった。

 

2人の言葉は、具体的には「ここの音での指のアクションはもっとゆっくり」とか「ここではペダルを使い過ぎずに」といった技術的アドバイスの体裁をしているが、その目指す方向は概ね一致しているように思えた。

 

「自分が感じたことを、素直に表現してみよう」という方向だ。

 

楽譜に記載されている音符の長さや、教科書的なその曲の解釈などにとらわれすぎず、もっと自由に音楽しよう、と、そういうことを伝えているように思われた。

その「自由に音楽する」ためのコツや技術を、伝えているのだ。

 

これは、僕ら身体班が考えていたことと、根っこの部分で完全に一致する。

 

体を拘束しているのは、直接的には筋肉の緊張、力みなど。

 

だがその背景にはたいてい、自分の体を必要以上に制御し、ブレーキをかけようとする余計な意識の働きがある。

たとえば「いい姿勢とはこういうもの」といった観念が典型例だ。

あるいは「お行儀よくしてないといけない」といった観念もよくある。

 

あるいは、自分の動きや姿勢に関する意識(イメージ)が、実際の身体の作用と乖離している場合もある。

「ガン」と力を込めたり、いかにも陶酔的に身をしならせたりすることが、いい音を奏でることにつながるように思い込んでいる、とか。

 

そういう思い込みや思考の枠、常識、イメージの偏りなどを手放せば、体は自然と自由になる。すると、音が驚くほど歌い始めるのである。

 

では、手放すにはどうすればいいのか? ということになる。

 

凝った部分をマッサージ的にほぐすことは、もちろん役に立つ。マッサージ師の大野さんがやっていたことは、外見的には、そういう行為として見えただろう。

でも、それは全プロセスのなかでは、ほんの入口だ。

 

よりよい姿勢や呼吸に関する情報を身体に教えてあげる(例えば「センターはここだよ」などと)ことも役に立つだろう。

でも、これも、全体の中の一部。下手をすると、「教育」という名のもとに新しい枠を作り上げかねない側面もある(それでは「教育」というより「矯正」だろう)。

 

僕は、一番大事なのは、枠や偏りが外れて身体が自由になった時の「気持ちいい」という感覚を実感することだろうと思っている。

 

その気持ちよさを捕まえることができれば、それを拠り所に、進む方向を自分で見つけることができる。

 

いや、場合によっては、意識のうえで「捕まえる」「見つける」などと考える必要さえ、ない。

体は、勝手に(無意識のうちに)、そちらへぐんぐん進み始める。

何しろ、その方が気持ちいいのだから。

 

だから、そういう変化の流れに乗っかるコツさえつかめればいい。

 

そのために、体に対してどんな働きかけをすればいいか、ということだ。

 

体の状態によって、「ここを入口にすればいい変化を引き出しやすい」というポイントはあるだろう。

その見立てが上手くできるのが、優秀な施術者(または身体技法指導者)ということになる。

 

でも、かりに入口が多少最善ポイントを外していても、気持ちいい変化の波へ引っ張りだすという方向づけさえ間違っていなければ、最終的には結構いいところへ行きつけるのではないか。

 

これがもし機械の修理なら、修繕技師の腕の良し悪しが仕上がりを完全に左右する。

 

でも、人の身体を自由にすることにおいては、始点の設定はけっこうアバウトでも、そこそこいいところへ向かうような気がする。

 

当日目撃した、面白い出来事を一つ、紹介しよう。

 

ある受講者は最初、胸や肩あたりが縮こまった、いかにも苦しそうな姿で弾いていた。

そこにミヒャエルさんと丹野さんが、曲のイメージや背景を踏まえて、音楽的なアドバイスをしていった。

 

作曲家がその曲に込めた情感の流れが、より鮮明に、受講者の中に伝わっていく。

 

それだけで、受講者の体が傍目にもどんどん変わっていったのである。

 

もうマッサージはいらないんじゃない? って思うほど(笑)

 

いやもちろん、フィジカルなほぐしをすることで、もっと楽な状態になったのではあるけれど。

 

でも、、体を縮こまらせていた要因に対して、言葉で何らかの影響を与えると、それだけで体も変化する。

そして、音も変わる。

 

すごいもんだ。体って、面白いなぁ。

 

要は、、体が気持ちよく進みたい方向を、体自身に感じ取ってもらうってこと。

その邪魔をしている枠やコリや詰まりや思い込みやこだわりやその他そういう感じ悪いたぐいのものを、はずすお手伝いをすること。

 

そこが外れると、面白いことがどんどん勝手に起き始める。

 

そう、結局僕が一貫してやっていたのは、この「面白いなぁ」をキャッチして、「わあ、面白いなあ」って面白がっていたことだったような気がする、今振り返ると。

 

自分は、施術したわけでもなければ、音楽面のアドバイスをしたわけでもない。

 

ただ、受講者の体が(そして音が)何かのきっかけで変わり始めた、その変化をとらえて、その流れを指差して「面白いことが起きてるよ!」ってサインを出す。

 

これ、実は、僕にとっては、普段の仕事でよくやっていることなのだ。

 

僕の本職は、もの書き。人にインタビューして記事をまとめるのが仕事だ。

インタビューで面白い話を引き出すには、相手の話を聞きながら、「あ、それ、面白いですね~」って、いいところで相づちを打つのが、とても大事。

いい意味で、火に油を注ぐ感じ、ね。

 

すると、話は自然にどんどん流れ始める。

 

ああ、それならいつもやってるし、けっこう得意だよ(笑)

 

コツは、、、上手く(正しく)やろうと思わないこと。きれいにまとめようとしないこと。

 

単に、本気で面白がって、楽しめばいい。

 

すると、湧き出てきた流れは勝手にぐんぐん加速する。

 

たぶん、面白がっている自分の体が、相手の体を直接刺激するんだろう。そういう流れに任せる方が、頭で考えてコントロールしようとするより、よほどうまくいく。

 

そういう意味では、僕みたいな立場の人間が参加していたのに、意味があったのだろう。

 

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というわけで、、、、5人の受講者たちの音は、みんな見違えるほど変化した。

 

本人も、聴講した人も、それを強く実感したようだ。

 

一番面白がっていたのは、コメンテーター側の4人なんだけどね。

 

いずれ、続編もありそうです。それも、楽しみ。