ザイドラーがやってきた。
我が家にザイドラーがやってきた。
ザイドラーは、ギターの名前だ。製作家ジョン・ザイドラーの手による、世界最高水準の手工品。
2002年5月に若くしてガンで他界したジョン・ザイドラー(John Zeidler)は、主にアーチトップギターの製作家として有名だった人物である。
もう新作が出てこないこともあり、ジャズギターの世界では、伝説的な名器として扱われている。当然、値段も伝説的なレベルだ。
で、、アーチトップほど知られてはいないが、彼はフラットトップも作っている(本数はごく少ないそうだ)。こちらももちろん、空前絶後のすばらしい音がする。
その超極レアものの1本を、かっとさんという僕の友人が所有している。
サイズはOM。聞くところによると、ザイドラーさんは普段、このサイズのギターを作っていなかったのだが、かっとさんが直接オーダーして作ってもらったという。
ってことは、もしかしたら世界に1本限りなのかもしれない、ザイドラー作のOM。
それが今、我が家のリビングに、ポンと置いてある。
なんか、、、ちょっと、すごいな、これ。
事の始まりは、今年の夏の、AGPキャンプだった。
AGP(アコースティックギターパーティー)というのは、もう25年も続いている、アコギ好きの大人のサークルだ。
3ヶ月に1度、相模大野の某所にギター好きの大人(主におじさん、一部わかものと女性)が愛器を持って集まり、互いの楽器を演奏しあったり、ギター談義に花を咲かせる。
先日、通算100回を記録した、実に、息の長い活動である。
僕は96年ぐらいからそこに通っている。
大げさでもなんでもなく、もうすでに自分の人生の大切な一部だと思っている。
その設立者が、かっとさん。
長年にわたってこの会を運営・維持してきた、会の中心人物。
何より、自らが心からギターを愛してやまないその姿勢が、集まる全ての人から絶大なる信頼を受けている。
で、、かっとさんは数年前から、年4回の定期会に加えて、夏の週末をキャンプ場で過ごす「夏合宿」を開くようになった。
僕は今年の夏、初めて参加した。
そこにかっとさんが、かのザイドラーギターを持参したわけだ。
アコースティック楽器を所有している人ならご存知と思うが、楽器の鳴り方は、日々、変化する。
気温や湿度などが影響するのはもちろんだが、それ以上に、どの程度弾かれて(もしくは弾かれずに置かれて)いるか、どんな風に弾かれているか、などによって、楽器の鳴り方は全く変わる。
だから演奏家の間では、「楽器を育てる」という言い方が、ごく普通に使われる。
時間をかけて、自分の手で弾き込んで、音を作って(育てて)いくという感覚を、アコースティック楽器を演奏する人ならみな、当たり前のように持っているのである。
ただ、、趣味として楽器と接するちゃんとした大人にとっては、この部分がしばしば、悩みの種ともなるわけだ。
ちゃんとした大人というのは、たいていなんらかの「社会的役割」を抱えているわけで、楽器(趣味)に割ける時間には制限がある。
「社会的役割」はもちろん、職業だけではない。家庭における主婦とか、お父さんお母さんの役割などの部分も含まれる。
そういう役割が大きくなるほど、、、楽器(ギター)に触れる時間は、自分が思う「本来あるべきレベル」より短くなってしまう。
その結果、、自分の腕が鈍ってしまうのも残念なことだけれど、それと同時に、楽器が思うように育たず、その本来のポテンシャルを発揮できない姿にとどまっていることも、所有者にとってはこころが痛む現象となる。
あーもっと弾いてやらなきゃなあって、いつも反省モード。
僕も、以前はいつも、そうだった。会社勤めだったころの話ね。
フリーランスになったことで(つまり、ちゃんとしてない大人になったので)、今はありがたくも、その悩みからすっかり解放されたのだけど。
で、、、ちゃんとした大人であるかっとさんは、名器ザイドラーに思うように手をかけられない状況にこころを痛めていたようで、、その一つの解決策として、夏合宿に持参した、ということらしい。
何しろここに持って来れば、オールナイト、弾いてくれる人はいくらでもいるからね。
、、、という、まさにそんな状況のところに、僕も参加したわけです、はい。
つまり、僕の立場からすれば、目の前に、弾いて欲しがっているザイドラーがぶら下がっている、というわけで。
そりゃあ、弾くでしょ。もちろん、弾きますとも。
せっかくなので、まずは弦を持参していた新しいものに交換し(またこの弦が、ザイドラーのキャラにうまくマッチしたのですよ、たまたまだけど)、ボディやネックをセーム革で磨き(アコギは、表面を磨くとなぜか音が良くなります。いやホントに。ウソだと思ったらやってみて)、、
楽器屋さんで未知の楽器を試奏するときのように、低音から高音まで全ポジションをなるべく満遍なく、丁寧に、深く鳴らしていく、、
てなことを小一時間もやっていると、、、
もともとがいい楽器なだけに、どんどん、目覚めていく。
閉じていた蕾が開くように。あるいは、固く体を覆っていた殻から脱皮するように。
繊細で、でも芯があって、きらびやかだけど素朴で、色っぽくも清楚な、なんとも形容しがたい魅惑的なウッディなトーンが、どんどん、出てくる。
で、、、そうなってくると、花の香りにミツバチが寄ってくるように、「俺も弾きたい」っていうおじさんたち、、もとい、AGP仲間たちが次々と群がってくる。
一晩経って朝になった頃には、ザイドラーは絶好調! と相成ったのです。めでたしめでたし。
、、、という、これが、今年の夏の出来事ね。
それから数ヶ月たち、先週の土曜日、またAGPの定例会があった。
この会には、ザイドラーのフラットトップを所有している人物がもう一人(ここではブラジリアン氏と呼んでおきますが)おり、氏は今回、その1本を持ってきた。
これがまた、いい音なのですよ。
しかも、参加者がみんな弾くものだから、ますますいい音になる。
この辺の仕組みは、さっきの話と一緒ね。
で、、会がお開きになった後、近くの居酒屋で、恒例の打ち上げ。
酒が回った席でも、話題の主役は、ザイドラー。
「あれ、やっぱりすごいよな~」
なんて話しているうちに、当然の流れとして
「で、かっとさんのやつは、元気?」
みたいな声も出てくる。
と、、、突然である。
かっとさんが、こんなことを言い出した。
「うちのザイドラーを、里子に出します!」
そして、僕の方を向いて、
「きたむらさん、しばらく面倒見てやってくれますか」
まあ、酔った勢いも多少はあったのかもしれないけれど、、
いやでも、そんなふうによっぱらうなら、もちろん大歓迎である。
というわけで、、気が変わらないうちに善は急げとばかりに、翌日の日曜日には受け渡しと相成って、、、
いま、我が家のリビングに、世界で1本かもしれないザイドラーのOMが立てかけてある。
なんか、、、まじで、すごいな、これ。
気分は、、そうだな、知人の娘さんを下宿させて、お預かりしてる、みたいな感じ。
実の親じゃないけど、でも、預かった以上は子育てのつもりで遠慮せずに接します、みたいな。
むろん、期間限定の里子ではある。
一応の目安としては、次のAGP(来年3月3日)まで、ということになっている。
で、、この話の先に続きがあるのかどうかは、、、まだ、誰も知らない(笑)
僕も、変な夢を見たりせず、まずは3月までしっかり面倒見させていただきましょう、はい。