だからやっぱりギブソンが好き

Gibsonの古いギターと、ラグタイム音楽、そしてももクロをこよなく愛するフリー物書き、キタムラのブログ

【マイギブソンその6】隠れた名機「J-185」は、戦前ギブソンの後継者

僕が思うギブソンアコギの絶頂期は、1930年代。

 

もともとマンドリンとアーチトップで培われた音づくりのノウハウが、フラットトップという異分野楽器でも結実し始め、、、

 

非常にユニークで、かつクオリティーの高いモデルが、次々に生まれていた。

その代表例が、ここまでこのシリーズで紹介してきたNick Lucasであり、Advanced Jumboであろう。もちろんそれ以外に、J-35やL-century、L-00なども、同時代のマーチンギターなどとは明らかに異なる、ゴリッとしたアーチトップ的サウンド特性を持っている。

 

それが、40年代以降になると、ちょっとずつ雰囲気が変わってくる。

 

「悪くなった」とは言わないけど、、、30年代に色濃く感じられたそれっぽさ(アーチトップっぽい感じ)が徐々に薄れ、「普通のいいギター」になっていくような感じなのだ。

 

正直にいうと、40年台前半(いわゆるバナー期)あたりのJ-45などは、とてもいいギターだと思うけれど、個人的には、「欲しい」とは思わない。
(これは、僕が戦前のマーチンギターに接した時に抱く感想と共通である)

30年代のJ-35なら、あわよくばそのうち1本、、という気持ちが湧き上がってきたりするんだけどね。。

 

何が違うんだろうね。

 

なぜそうなったのか、という理由なんて到底わからないけれど、鳴り方の特性は、明らかに、違うんだな。

 

で、、、そこから時代は戦後へ進み、、ギブソンのフラットトップは、50年代のJ-45に象徴されるような、ジャキジャキ、ゴリゴリした無骨な音へと傾いていった。

 

これはこれで魅力的な音である。唯一無二な感じもする(マーチンと比較して明らかに違う、ってことね)。

 

J-200も、そっちの路線の音と言っていいだろう。後に出てくるダブやハミングバードと並んで、見た目的にも華やかなギブソンらしさを強く打ち出している。

 

、、、といった流れの中で、ひとつだけ、僕の感覚では、30年代ギブソンのエッセンスを引き継いだように思える機種がある。

 

J-185である。

 

J-200をややサイズダウンした、弟分の機種として、1951年に発売された。

 

それから1958年までに、900本程度しか造られていない。希少な部類に入る製造本数であり、現在のビンテージ市場でも、比較的レアな方と言える。

 

ボディは、J-200よりやや幅の狭いだるま型。このボデシェイプが実は、L-5などのアーチトップ機種と同じなのである(厚みはJ-185の方がだいぶん厚いが、正面から見た形は全く一緒)。

 

そのため、、、かどうかは知らないが、その音色も、アーチトップギターに近い、メロウな中にざくっとした芯がある感じなのだ。

 

その感じが、、、30年代のギブソンと共通、というふうに、僕には思える。


いや、まあ、、、自分で持ってる機種なので、若干身びいきになってる感は否めないけど、、、笑

 

まあ、でも、こういう趣旨で気に入った音が出るモデルだから、持っている、とも言えるよね。

 

うちにあるのは、1956年製。


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はい、こんな音です。

 


The Entertainer (Scott Joplin) : fingerstyle guitar / Gibson J-185 (1956) / Masahi Kitamura


ギブソンのフラットトップは1955あたりを境に、トップのブレーシングがスキャロップからノンスキャに変更されており、、

 

このJ-185もそんなわけで、ノンスキャブレーシングだ。



買った時、購入店にちょうどスキャロップモデルもあったので、弾き比べて、気に入ったこちらの方をゲットした。

僕が持っているギブソンの中では、かなり新しい部類に入るんだけど(笑)、、

でも、とても気に入ってます。


【マイギブソンその5】Gibsonフラットトップの最高峰「Advanced Jumbo」(1939)

1930年代、アコースティクギターは大型モデルの時代に突入した。

先鞭をつけたのは、Martin社。1916年からOEM生産で作っていたドレッドノートと呼ばれる巨大ボディのギターを、1931年から自社製品としてリニューアル生産。

D-1(マホガニー)、D-2(ローズウッド)と名付けられた2種のギターは、のちにD-18、D-28へと名前を変え、現代に至るまでアコースティックギターを代表する2つのモデルとして、作り続けられている。

大きなボディが発する低音部が豊かなサウンドは、ボーカル伴奏や楽器アンサンブルのかなめを引き締めるのにマッチする。
ドレッドノートギターは、パーラーサイズギターのサウンドに飽き足らなかったミュージシャン達を虜にし、D-18とD-28は飛ぶように売れたという。

そうなると、、、Gibsonとしても、指をくわえているわけにはいかない。

1934年、Gibsonは、ドレッドノートに匹敵するサイズのギターを世に送り出した。

名前はズバリ「Jumbo」。

今でいうラウンドショルダージャンボサイズのマホガニーボディ。
トップ、バック、さらにはサイドにまでサンバーストが施された塗装。
わずか2年しか作られなかったこのモデルは、素晴らしい楽器だったという。

ただ、大恐慌直後のアメリカでセールスを上げるには、値段が高すぎた(60ドル)。


そこでGibsonは、Martin同様の、2機種体制を目論む。

マホガニーボディ、シンプルな外観でリーズナブルな価格帯のモデルと、より高級感のあるローズウッドを採用した、ハイエンドのモデルだ。

1936年、2つの新しいモデルが登場した。

リーズナブルな方のニューモデルは、J-35。これは、Jumboの装飾をシンプルにして35ドルに値下げしたもの、と言ってほぼ差し支えない。
のちに45ドルに値上げされてJ-45と改称され、その後、現在に至るまでGibsonアコギの代表機種として作り続けられている。

そして、ハイエンドの方のモデルが、このAdvanced Jumboだ。

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ローズウッド製の大きなボディと、ロングスケール。ヘッドや指板を飾る、ファンシーなインレイ。

明らかに、D-28を意識したプロフィールであろう。

我が家にあるこの1本は、1939年製。

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AJの製造がストップされた年である。(出荷のラストイヤーは1940年)

製造期間わずか3年。生産本数は300本に届かない。

まあ、、端的に言えば、セールス競争ではD-28に歯が立たなかったのだろう。

80ドルという、当時としては相当強気な値付けが、裏目に出たようだ。


ただ、、楽器としてのクオリティーは負けていないと、個人的には思っている。

D-28とAJ、楽器の方向性は全く違う。

ボディサイズやスケール、素材(ローズウッド)などはだいたい一緒なのに、音は全然違う。

AJは、「これぞGibsonサウンド」って感じだ。

現在、ギブソンを代表する機種といえば、J-45、J-200、それにハミングバードあたりだろうか。

どれも、ザクザク、ゴキゴキした男気溢れるサウンドのイメージがあるだろう。

その音の原点が、ここにある。


Windy & Warm / Gibson Advanced Jumbo (1939) / Masahi Kitamura

 

現代のGibsonへ繋がるサウンドの起点であり、技術的な頂点を極めた戦前ギブソンの象徴でもある。

Advanced Jumboは、そんなギターだ。


 

【マイギブソンその4】アーチの音がするフラットトップギター「Nick Lucas Special」(1934~38)

現在、「アコースティックギター」といえば、大抵の人が、フラットトップ、いわゆるフォークギターのようなスタイルのギターを思い浮かべることだろう。

表面板が真っ平らで、真ん中に丸い穴(サウンドホール)が空いている。

 

弦の端を止めるブリッジは、トップ板上に接着されている。

 

ギターショップに行っても、「アコギコーナー」にあるのは、ほとんどそういうスタイルのギターだ。

 

ただし、歴史的に見ると、ギター=フラットトップという構図が、初めからあったわけではない。特にギブソン社においては、フラットトップはむしろ後発だ。

 

ギブソンは、もともとフラットマンドリンを開発した会社。

 

マンドリン製作のノウハウを応用して作られたと思われる初期のギブソンギターは、バイオリンやフラットマンドリン同様、トップ板は曲面になっていた。そのトップの上に載せたブリッジはボディと接着せず、弦のテンションでトップに密着させるという構造を採用していた。

 

こういうスタイルのギターは、アーチトップギターと呼ばれる。

 

フラットトップに対して、アーチトップ。

 

この構造は、もともとはバイオリン属の楽器の仕組みを写し取ったものだ。現代でも、主にジャズに使われるようなアーチトップギターでは、こういう構造が採用されている。

 

ただ、現代のアーチトップは、ほとんどがエレキギターだ(エレギの分類ではフルアコと呼ばれる)。サウンドホールはたいてい、バイオリンに似たf状。

 

これに対して、初期ギブソンのアーチトップは、アコースティック楽器。単板を削って作った分厚い曲面トップ板の中央部に、円形ないし楕円形のサウンドホールがあいている。

 

このシリーズですでに紹介したStyle 0 と L-4 が、その代表例。ギブソンが、その歴史の最初期につくっていたのは、主にこんなスタイルのアーチトップギターなのだ。

 

さて一方、ガットギター(クラシックギター、フラメンコギターなど)においては、古くから、真っ平らなトップ板の上にブリッジを接着し、そこに弦の一端を固定する、という今のフォークギターと同様の構造が採用されてきた。

 

だから、ガットギター製作にルーツを持つマーチン社のギターは、スチール弦を使い始めた20世紀初頭から、現代のフォークギターとほぼ同じ構造=フラットトップ、固定ブリッジ、ブリッジに弦を固定、という方式を採用している。

 

ということで、、

 

1920年ぐらいまでのアメリカのモダン楽器マーケットにおいては、ギブソン社が作るアーチトップのギターと、マーチン社などが作るフラットトップのギターが、共存していた、ということになるようだ。

 

その当時の楽器は現代にも残っていて、ビンテージショップなどで実際に弾いてみることも可能だ。

僕がいろいろ弾いてみた印象では、、

 

その当時から、フラットトップはたいていフラットトップの音が、アーチトップはたいていアーチトップの音がする。

 

まあ、、当たり前の感想だわな(笑)

 

※あ、でも、ここの部分は、記事の最後の結論で出てくる大事なポイントと重なってるので、ちょっと覚えておいてね。

 

アコースティックの(エレキじゃない)アーチトップギターって、今どきはあまり見かけないし、弾いたことがない人も多いと思うけど、、

フラットトップとは、音色が根本的に異なる。

 

倍音とサステインが少なく、ザクザク、ジャキジャキ、っという切れ上がりの良い響き。

音色的には、ハイとローが少なくて、中音域にぎゅっと詰まったような、密度感のある感じが典型的。

 

マーチンに代表されるような、いわゆるフォークギター的な音とは、かなり趣きが異なる。

 

で、、、だ。

 

1920年代から30年代にかけて、アメリカの音楽トレンドが動いていく中で、、

それまで人気を博していたマンドリンが下火になり、ギターが音楽シーンの主役になっていったという。

 

その時、世間から受け入れられたのは、どうやらマーチン的なフラットトップギターだったようだ。

 

なので、マンドリンとアーチトップギターでやってきたギブソン社も、フラットトップを作る必要が出てきた、、、

 

ということで、1930年前後から、ギブソン製のフラットトップギターというのもが、ぼちぼちと登場してくる。

 

そんな、ギブソン社フラットトップ黎明期のギターが、我が家にも1本ある。

 

Gibson Nick Lucas Special(1934~38)だ。

 

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L-00などと同様のスモールボディ。もともとはロバート・ジョンソンL-1あたりで採用されていたクラスのボディなのだろう。

ただし、L-00などと違って、胴厚は驚くほど厚い。のちに登場するJ-200や、マーチン・ドレッドノートに匹敵するほどの厚みなのである。

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サイド/バックの材はメイプル。トラ目がお見事ですな。

ギブソン社は伝統的に、サイド/バック材としてメイプルを使った音作りが非常にうまいと、僕は感じている。

それは、もともとの主軸製品であるマンドリン&アーチトップギターで、メープルを使うことが非常に多いことと、おそらく関連しているだろう。


彼らの楽器づくりの大元となるノウハウは、もともと、メイプル材を使って培われたものなのだ。

 

この楽器の名前になっている「Nick Lucas」というのは、当時の人気シンガー/ギタリスト。YouTubeでこの名前を検索すればいろいろ動画が出てくるので、気になる人はチェックしてみて。ジャジーにスウィングしながらムーディな歌を弾き語るおじさんが出てくるはずだ。

 

彼が、ニック・ルーカスさん。

 

彼が手にしているのは、まさに我が家のこの楽器と同じ機種だ。

そう、このギターは、今でいうところのエンドースモデル。人気アーティストの意向に沿って楽器を開発し、その名前を冠して発売するという手法を世界で最初に採用したのが、このNick Lucasモデルだったと言われている。

 

だから、このギターの内部には、ニックさんのイラスト入りラベルが燦然と輝いている。

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ちなみに、某ビンテージショップで伝え聞いた話によると、、

このギターの製造が決まった時、製造予定本数に合わせてラベルを一気に印刷し、シリアルナンバーも最初に全部、印字してしまったらしい。

その後、できたギターに、すでにシリアルが入ったラベルを貼っていった、、

 

なので、このモデルに関しては、ラベルのシリアルが読み取れる状態で残っていたとしても、そのナンバーは製造年を示す手がかりとしてほとんど意味をなさないという。

 

ということで、、、その他の特徴、例えば各種装飾とか、サンバーストの面積の大きさとかを頼りに製造年を類推するしかなく、、、

 

「1934~38のどこかで作られたと思われる」と見積もられている。

 

この辺りは、シリアル管理が厳密で、ナンバーを見れば製造年月日がピタリとわかるマーチンのギターと対照的である。

 

まあ、ギブソン好きとしては、そういう適当さも含めて、やっぱギブソンいいよな〜ってなるわけだけれど。笑

 

ちなみに34年より前には、マホガニーサイドバックのNick Lucasモデルが作られていて、そちらは12フレットジョイントが多いようだ。

また、ごく稀にブラジリアンローズウッドのNick Lucasモデルもあるという。

 

製造本数も正確なところは不明だが、限定生産的な高級機種だったようで、総数でも数十本程度だったらしい、という話を聞いたことがある。

 

まあ、、かなり貴重なものなのは確かである。

 

で、、、肝心の、音ですね。

 

非常に興味深いことに、、、

 

このギターの音色は、かなりアーチトップっぽい特徴を備えている。

 

高音域の倍音が少なくて、「パコーン」と響く感じとか。

https://youtu.be/ki0LMck4HwA


Tennessee Waltz : Gibson Nick Lucas Special (1934~38) / masahi Kitamura. テネシーワルツ ソロギター


ね、、今どきの普通のギターとは、なんとなく違うでしょ。

記事の前の方で、「フラットトップの音、アーチトップの音」の説明をしたけど、このギターは、フラットトップであるにも関わらず、アーチトップの“残り香”みたいなものが、強く感じられるのだ。

たぶん、それまでアーチトップばかり作ってきたギブソンだから、トップをフラットにしても、つい、こんな音になってしまったのだろう。

 

こういうのも、初期ギブソンサウンドの特徴なんだろう、と思ってます。はい。

 

1900年代のF-3を試奏してきた

いま新大久保TC楽器にトンデモナイ楽器がある。
 

www.digimart.net


1900年代ひとけた年のF-3マンドリン。特徴的なシマシマバインディングは、写真でしか見たことなかった。

 

何事も経験だと思って、試奏させてもらった。

 

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すごいです。グゥワァァァーーンと広がる箱鳴り感。
シンプルなコードを弾くだけで、天国に登っていくような気分になれる。

 

で、、、面白いのが、、、これを弾かせてもらったあと家に戻って自分のA-4を弾いてみると、、、
自分の楽器も、なんだか似たような感じでグワングワンと響き始めた。

 

へ〜なるほどぉ。。

 

要は鳴らし方次第で、こういう響きになるんだな。
今までは単に、そういう弾き方ができてなかった、ということ。
それが、F-3の響きに触れることで、鳴らし方の感覚が体に移ってきて、、、その感覚で他の楽器を鳴らすと、そういう感じの響きになるのだろう。

 

そういう意味でも、大変いい経験だった。

【マイギブソンその3】丸穴&極厚トップ。“原初的アーチトップギター”「L-4 (1926)」

フラットマンドリンから始まった、ギブソンの歴史。

 

ギブソン社の歩みが始まった1900年代初頭は、音楽シーンにおいても、マンドリンを使った音楽が流行していたのだという。

 

それは、19世紀末〜20世紀のアメリカに、新移民と呼ばれるイタリア系移民が多数、入ってきたこととも関連しているそうだ。

 

彼らが新大陸に持ち込んだマンドリンという楽器(そしてそれを使った音楽)が、新天地においてフラットマンドリンという新しい楽器を生み、その音色が、ラグタイムやブルース、あるいはカントリーといったアメリカンスタイルの音楽を作り出していく。

 

おそらく1920年あたりまでは、ギブソンはその流れに乗って、マンドリンメーカーとして順調な歩みを続けていたのだろう。

 

だが、時が進むにつれて、音楽シーンの主役楽器は、マンドリンからギターへとシフトしていく。

 

それにつれギブソンは、それまではおそらくマンドリンの“添え物”ぐらいの位置付けでしかなかったギターを、主力商品へとシフトさせる方向へと、舵を切った。

主役の座が入れ替わるのは、おそらく1930年あたりだろう。

 

 

30年代後半〜40年代ぐらいになると、ギブソンは、ライバルのマーチン社のギターにも負けないような高いクオリティーと、のちのギブソンらしさにつながるユニークな個性を備えたギターを、次々と発表していく。
僕が思うに、このころが、ギブソンアコースティックギターの黄金期だ。

 

で、、、、ただ、そこより少し前の1910〜20年代あたりは、様相が全く違う。

このころのギブソンは、なかなかに摩訶不思議で理解不能な、現代のギターとはかけ離れたスタイルのギターを、多数、作っているのだ。

 

まあ、過渡期なんだろう。

 

マンドリンメーカーとして培った技術を、より大きなボディを持つギターという楽器の製作に転用して、どんなものを作れるか試行錯誤していた、そんな感じ。

この時代、そもそも、まだ鉄弦ギターは出始めたばかり。
ガット弦ギター製作のバックグラウンドを持つマーチン社が、その技術を利用して鉄弦ギターを作り始めたのが1920年頃だという。

で、、、マーチンはその時点ですでに、現代のアコースティックギターへつながる、かなりモダンな仕上がりの楽器を作り始めているように見えるのに対して、ギブソンはいろいろと突飛なスタイルを試しては取りやめ、また別のを試して、、といった経路を通っているように見える。

 

で、、その試したものの多くは、、、のちにそんな形のギターは残っていない。

まあ、要は、失敗作。

進化の途上で消えて化石しか残っていないカンブリア紀の生き物みたいに、多様なスタイルがいろいろ生まれたけれど、その大半は消えていった。

 

まあ、そこが面白いんだよね(笑)

 

で、、そんなギターの代表格といえば、「マイギブソン」シリーズのその1で紹介した、Style 0 Artistなのである。が。。

 

でも、それだけじゃないんです。他にも面白い奴がある。(我が家にはなぜかそんなのが揃っている、笑)

 

というわけで、、、前置きが長くなったが、今回の主役はこれ。

Gibson L-4(1926)」だ。

 

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L-4という名前のギターは、1910年代から作られはじめ、かなり最近まで(もしかしたら今も?)製造されている。

ただ、同じ名前とは思えないほど、その形や構造は大きな変遷を辿っている。
最終的には、F穴アーチトップのフルアコになった。

我が家にあるのは1926年製で、かなり初期のスタイルといっていい。

サウンドホールは丸穴だが、これはアーチトップギター。単板を削って作られた表面板は、全体として緩やかな凸曲面になっている。その曲面は縁に行くと滑らかに凹状カーブへと転じる。製作技術の高さをうかがわせる見事な作りだ。

 

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弦のエンド側は、通常のアコースティックギター(フラットトップギター)のように表面板上のブリッジに取り付けるのではなく、ブランコ式のテールピースを介してエンドブロックあたりに接続されている。ブリッジは弦の張力によって抑えられているだけで、接着はされていない。

・・・というこの構造は、フラットマンドリンやバイオリン族楽器と共通だ。

その後、現代のアーチトップギターも、概ねこれと同様の構造を踏襲している。
そういう意味では、このギターはアーチトップギターの祖先、という位置付けで間違いないだろう。

ただし、現代のアーチトップギターはほとんどエレキギターフルアコ)だが、このL-4はピックアップなしのアコースティックである。

そして、、現代のギターではまず考えられないような特徴もある。

 

アーチトップで丸穴サウンドホールというのも今では珍しいが、それ以上に「ありえない!」って思うのが、トップ板の厚さ。

ノギスで測ると、なんと8ミリ以上もあるのだ!

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そしてもう一つは、ネックジョイント位置。
ネックとボディの接合ラインが、11フレット半あたりにある(笑)

 

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この、12フレットポジションからフレット半分出っ張ったボディのせいで、ハモニクスとか、ハイポジションが、実に、弾きにくい。

困ったものだ、誰がどんな意図で、こんなことをしたんだろう。本当にもう(苦笑)

 

で、、肝心の音は、というと。

 

まあ、大まかな分類でいえば、アーチトップの音であろう。

いわゆるピックギター的な感じに、近い、かな。

でも、ベース音のベケベケした感じとかは、かなり独特だと思う。

SP盤で聞こえるギターサウンドみたいだ。

 

スウィンギーな曲を弾いてみたので、聞いてみて。

 

youtu.be

 

上に書いたような11フレット半問題とか、ネック調整が行き届いてないとか、いろんな理由で、ハイポジションを弾くのが結構きついんだけど、そこはまあ、大目に見ておくれ。

 

 

【マイギブソンその2】ギブソンの原点はマンドリン。ってことでこれでしょ「A-4 Mandolin 1916」

ギブソンの原点は、マンドリン

 

そして僕が好きな音は、どうやらその原点のサウンドにあるようだ。

、、ということに気がついた時点で、これはもう理論的必然である。

 

ギブソンのオールドマンドリンを、手に入れなければいけない。

 

こう思い始めたのは、ちょうど1年ほど前。去年の夏ころだ。

 

ただその時点で、僕はマンドリンという楽器のことをほとんど何も知らなかった。

 

触ったこともほとんどない。友人がアコギパーティーに持ってきた楽器をポロポロ鳴らしてみたことが、2、3回あったぐらいかな。

その時に、コードを3つほど教えてもらっていた。G、C、Dのスリーコード。

 

マンドリンの4コースのチューニングは、太い弦の方からG、D、A、E。これはギターの3〜6弦を裏返しにしたのとピッタリ重なるので(オクターブとかは無視して、音名が一緒ってことね)、ギタリストなら、シンプルなオープンコードのポジションは大体わかるのだ。

 

で、、コードが3つも弾ければ試奏ができるでしょ(笑)

 

そう思った僕は、御茶ノ水の楽器店街の、それまでスルーしていたマンドリンコーナーへ足しげく通い始めた。
まあ、試奏が練習にもなるから、ちょっとずつ曲っぽいものも弾けるようになったしね。おじいさんの古時計、とか。

 

その傍ら、マンドリンに詳しい友人にいろいろ教えてもらって、だんだん知識も増えていった。

フラットマンドリンには、大まかに2種類のボディスタイルがある。

 

F型と、A型。

 

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こちらから引用。


写真の右側、ショルダに渦巻き構造物(スクロール)がついてるのがF型。
左側、両肩がなで肩になってるのが、A型ね。

 

Fのほうがちょっとだけスケール(弦長)が長い。
そのぶん、弦の張りが強く、アタッキーな音が出る。

ブルーグラスのような大編成スタイルの音楽では、鋭角なFの音色が好まれる。

 

一方、A型はもう少しマイルドで、味わい深い音色。

ソロとか、2、3人の小編成スタイルで演奏するには、こっちの方が向いている、とされる。

 

そして、1910〜20年代あたり(創業間もないころ)のギブソンマンドリンを念頭に置いた場合、F型とA型にはもう一つ、とても重要な違いがある。

 

それは、値段だ。

 

この時代のF型マンドリンで、もしボディの中にロイド・ロア(Lloyd Loar)というサインがあったら、、、、

 

お値段は、ウン千万円ぐらいになるという。

まあ、いくら僕がギター道楽人間でも、これはちょっと手が出ないわな。。

 

※ロイド・ロアさんというのは1919〜1924ころにギブソンと契約していたマンドリンプレーヤー兼エンジニア。彼のアイデアで設計されたF-5マンドリンは、100年経った今なおフラットマンドリン界の最高峰とされており、現在の市場価格は一千万円を軽く超える。現在でも多くのメーカーや個人ビルダーが、ロイド・ロアF-5を模倣した機種を製作している。

 

ところが、、、A型なら、最上位機種のA-4でも30〜40万円ぐらい。廉価版のA-1とかなら、20万円未満で売られているものもあるのだ。


100年以上前に作られた貴重な楽器がこの価格帯というのは、かなりリーズナブルといえるだろう。

 

というわけで、僕の標的はもちろん、A型。

 

状態のいい古い個体を探して、ネットの楽器サイトをチェックする日が続いた。

 

で、、、まあ、いろいろあったんだけど。

 

最終的に、去年の暮れごろ、とてもいいコンディションのA-4が、かなりリーズナブル価格で出ているのを手にすることができた。

 

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いやぁ、、それでも、大して弾けない楽器への投資としては、もちろん自己最高である(笑)


せっかく手に入れたからには、弾けるようになりたいよね。

というわけで、こんなのをチャレンジしてみた。

 

youtu.be

 

スコット・ジョップリンの「エンターテイナー」。

キュートな、いい音でしょ?

100年前に生まれた、ギブソンのルーツとなる音は、こんな愛らしいサウンドなのである。

 

現代のギブソンギターのイメージとは、だいぶん違うよね。

 

この曲のオリジナルはピアノ曲。1902年に発表されたその楽譜の表紙には、「ジェームズ・ブラウン氏と、彼のマンドリンクラブに捧げる」との献辞がある。だからマンドリンで弾くのがきっと、ジョップリンのイメージにも合致してるに違いない。

 

ここでは前半だけの演奏だが、フルバージョンはマンドリンプレーヤー藤本芙実香さんとのデュオ「レモン・アンサンブル」で練習しているので、そのうちご披露できるだろう。

 

【マイギブソンその1】音もスタイルもマンドリンのような超個性派「Style 0 artist 1920」

Gibsonが楽器メーカーとして創業したのは、1902年とされている。


だが、その本当の出発点は、世紀の境目をまたいで遡った1894年。

 

この年、Gibsonというブランド名の由来にあたる人物、オーヴィル・ヘンリー・ギブソン氏が、自宅併設の工房で、マンドリン製作を始めたのだという。

 

ギブソン氏の初期の工房とされる写真が残っている。

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こちらの記事より

 

これより前の時代、マンドリンという楽器は、背面がボウル状のもの(現在はクラシックマンドリンと呼ばれているタイプのもの)しかなかった。

 

こんなやつね

 

www.digimart.net



よりアタッキーで粒立ちの良い音色を求めたギブソン氏が、バイオリンの構造を参考に、新しいスタイルのマンドリンを発明。これが「フラットマンドリン」の始まりだ。

 

そして、その新しいマンドリンが非常に好評だったため、自宅併設の工房では生産が追いつかなくなる。

そこで、製作・販売のための会社を作った、という流れだという。


つまり、ギブソン社の原点は、ギターよりも、マンドリン

実際、創業当時の会社名は、「the Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd. 」と、マンドリンという単語の方が、先に置かれている。

 

先ほどのギブソン氏の工房の写真を見返してみよう。

 

ここにはギターもある。でも、主役はやはり、マンドリンだ。
左端のギターなどは、トップ板の縁の曲面(たぶん厚板から削り出して作ったと思われる)の感じが、マンドリンによく似ている。

弦が6本あるからギターなのだけど、構造的にはむしろマンドリンに近いように見える。

、、と、、ここの部分が、ギブソンギターの個性(のルーツ)を理解する上で、とても大事なポイントだ。

創業当時、ギブソン社の主力商品は、マンドリン

ギターも作っていたけれど、その製作には、マンドリンの製法や技術がかなり転用されていたのである。

 

これは、この当時すでにアコースティックギターのトップメーカーだったMartin社のギターと好対照である。

 

Martinはもとからギターメーカーだ。19世紀半ばから、ガットギター(今でいうクラシックギター)を作っていた。

そして、その製造技術を流用して、鉄弦ギターも作り始めた。
だからその根底には、伝統的なギターの製法がしっかりと根付いている。

対して、Gibsonのルーツは、マンドリン
しかも、フラットマンドリンという、全く新しく開発された楽器が、そのルーツ。

そもそもの精神が革新的なのである。


その革新的な製法で、ギターも作っちゃった、という遊び心が、ギターづくりの始まりなのだ。

 

ギブソン社の極めて初期(1908〜1923)に製造されていた、Style 0 Artistというモデルがある。
ショルダーの部分に据えられた巨大なスクロール(渦巻き上の飾り構造)が非常に印象的。
スクロールといえばF型マンドリンにも付いているけど、こいつのやつはあれより数倍はでかい。

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このギターなんかは、スタイル、音色ともに、ギターよりもマンドリンに近いのである。
弦が6本だから演奏上はギターなのだけれど、音はマンドリン的。

だから、ギター用の曲を弾いても、なんだか雰囲気が違う。

うちに1本あるんだけど(笑)、こんな音だ。

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高音のコリっと粒立つ感じは、まるでマンドリン

ベースの「ボーン」っていう響きは、ギターよりもマンドチェロのようだ。

このギターは1923年に製造中止になっている。
たぶん、世の中がギターに求める音色がこういうのとは違う方向へシフトして、こいつはいかにも時代遅れな楽器になってしまったんだろう。

ギブソンが作るギターの音も、この後、どんどん変化していく。
そして現代では、他のメーカーのギターとあまり違わない音になってしまった。

 

でも1960年代ぐらいまでは、本当に独特の、唯一無二のサウンドだったのだ。

その原点を遡っていくと、このマンドリンお化けみたいな不思議なサウンドにたどり着く。

そう、要は、僕は、こんな感じの音色が大好きなのだ。


たぶん1世紀ほど時代遅れなんだな(笑)。

 

有安杏果「POP STEP ZEPP」ライブ@ZEPP TOKYO(7/23)

有安杏果は、本当に、スペシャルなシンガーだ。

一昨日、お台場のZEPP東京でのライブで久しぶりに彼女の歌を聴き、そんな思いを強く感じた。

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あの、ももクロ電撃脱退から1年半。

 

今年のはじめ、1年の休止期間を経て、アーティストとして活動再開宣言。。と思ったら、婚約者がいることを週刊誌にすっぱ抜かれ、急遽本人もコメントを出すなど、彼女の周辺では何かと騒がしい状況が続いていたようだ。

 

僕はもともとももクロ緑推し。
そしてそもそも、ももクロに興味を持ったきっかけは、坂崎幸之助さんがやっていたかつての「お台場フォーク村」で聞いた、杏果の歌声に魅せられたことにある。

 

脱退〜復帰への経緯や現在の状況についていろんな声があるのは承知しているが、僕としては、彼女の歌声がまた聴けるという一点において、復帰という決断を歓迎している。

そして、パートナーの存在が復帰を後押ししたのであれば、それもよかった、と思っている。

 

ま、、婚約者云々のニュースを聞いた瞬間は、ちょっとだけがっかりしたけどね(笑)

 

なので、、当然、復帰と聞いた時から、すぐにも歌を聞きに行きたいと思った。


だけど、3月のサクライブは落選(涙)。

 

まあ、CSのテレビ朝日が放送してくれたので、画面越しに見ることはできた。

赤いテレキャスをかき鳴らしながら歌う姿に、ギター上手くなったなぁ〜、とか思いながら見入っていた。

 

そして、、今回のツアーで、ZEPP東京の7/23分が当選したので、やっと生で聴けた、というわけだ。

最後にライブの姿を見たのは、卒業直前のももクリ2017埼玉だから、もう1年半以上前。


ソロで、となると、あの武道館ソロコン以来になる。

 

一体、どんな姿を見せてくれるのだろう?

 

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セットリスト

ヒカリの声
TRAVEL FANTASISTA
若者のすべて [フジファブリック]
心の旋律
虹む涙
feel a heartbeat
夏想い
色えんぴつ
Runaway
Drive Drive
遠吠え
愛されたくて
Catch Up

 

アンコール:
逆再生メドレー
小さな勇気

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結論からいうと。

ステージに現れた杏果は、自分がやりたい道をまっすぐに突き進む、という力強いエネルギーで満ち溢れていた。

彼女の中では、もう、様々なことがすっかり吹っ切れているのだろう。

 

誰がなんと言おうと、自分の道を突き進む。

 

もちろん、心が痛むことや、不安が湧いてくる瞬間も、あるとは思う。

ももクロのファンや、アイドルだった彼女のファンの中には、今の彼女の選択を快く思わない人が少なからずいるから。

それでも、私は前に進む。そう決めた。

 

そんな覚悟が、伝わってきた。

そして、そういう強い思いを支えているものは何なのだろう? と、曲の合間にぼんやり考えていたとき。

一つのインスピレーションが伝わってきた(ような気がした)。

「私は、音楽の力で生かされている」

「だから私は、音楽を通じて、生きる勇気をみんなに伝えたい」


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これはあくまで想像だけど、彼女にとって音楽という存在は、文字どおり「No Music, No Life」。

 

「音楽がなきゃ人生つまんない」というような次元の話ではなく、本当に切実に、音楽抜きで私は生きてこれなかった、という感覚があるんじゃないだろうか。

だからこそ、音楽にかける思いも切実になる。ならざるを得ない。

アンコールの最後、バンドメンバーが全員はけた後の最終曲は、杏果がピアノ弾き語りで歌う「小さな勇気」だった。

熊本地震のチャリティーソングとして、彼女自身が作詞作曲した曲だ。

 

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※この動画は2017年の武道館ソロコンでのパフォーマンス。これをピアノソロ弾き語りで歌うのをイメージしてみて。

たぶん彼女は、シンガーとして、こういったあたりの部分に、自分の生きがいを見つけているんだと思う。

それは、自分の中にある「音楽によって生かされてきた」という実感の裏返し、なんじゃないか。僕にはそう思える。

今後、彼女が歌っていく歌から、メガヒットが生まれるかどうかはわからない。

でも、「あなたの歌のおかげで生きる勇気をもらいました」と感じる人は、きっとたくさん出てくるに違いない。

杏果の歌には、そういう力がある。

 

そんなことを強く感じたライブだった。


戦前ギブソンの音(1920年 Style 0 動画あり)

1920年製のギブソン Style 0

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Style 0は、1900年代から作られているモデル。ギブソン最初期を代表するギターといえるだろう。

削り出しアーチトップにオーバルホールという、いまどきほとんど見ないスタイル。
さらに、マンドリンのような渦巻き状の突起が、非常に個性的だ。

時と共にいろいろと仕様変更を重ねており、これは、このモデルの生産期間の中では、後期に作られた1本である。

音色は、ボーンと深ーく響く素朴なトーン。ゆったりとしたおおらかな曲が似合う。

戦前ギブソンの音(1930年代後半 Nick Lucasモデル 動画あり)

古いギブソンで1曲動画を撮ったので、載せておくね〜

テネシーワルツ。

www.facebook.com

 

使用ギターは、Gibson Nick Lucas。正確な製造年はわからない(笑)けど、たぶん1930年代の後半生まれでしょう。

今のギブソンアコギとは全然違う音。まるでアーチトップみたいなメロウな感じです。