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「働きもののカラダのしくみ」連載〜体を、自然の一部としてとらえ直す

古巣の雑誌「日経ヘルス」で、会社員時代からずっと自分で執筆している連載があります。

「働きもののカラダのしくみ」というコラムタイトルで、もう5年目に入っています。おかげさまで、なかなかの長寿連載になっています。

 

最近は、日経新聞の電子版にも載るようになりました。こちらにはほぼ1年遅れぐらいで掲載されます。

本日アップされた分は、こちらでよめます。

 

今回、ここに掲載された記事のテーマは「レプチン」。脂肪組織が分泌する満腹ホルモンです。

これが脳に働きかけると食欲が抑えられるのですが、太ってくると、このブレーキの効き目が落ちる。

「ダイエットしたい」と考えている人にとっては、せっかくの食欲ブレーキが、いまこそ働いてほしいときに利かなくなるという、なんとも納得しがたい(笑)状況に陥るわけです。

 

どうしてそんなことが起きるのか?


生き物の体のメカニズムには、一見理不尽に思えるものでも、何らかの生物学的意味が隠れていることが多いものです。
この「レプチン抵抗性」と呼ばれる現象も、進化の過程において、ある種のアドバンテージをもたらしうるものだったから獲得された、という解釈があります。

そのアドバンテージの中身については、まあ、記事を読んでいただくとして・・・

この「生物学的な意味」という解釈が、体の働きを考えるときに、非常にユニークでおもしろい視点をもたらしてくれるのです。

人間も生き物ですから、億年単位の生物進化プロセスを踏まえて形作られたと考えられます。
そのプロセスのほとんどの期間を、野生動物として過ごして来たわけです。

だから、体に備わっているさまざまなメカニズムは、基本的には、野生環境でうまく暮らしていけるようにデザインされている・・・というか、そういうデザインのメカニズムを獲得した祖先が結果として生き残って、繁栄して、その果てに今の私たち人類がいる、と、そんなふうに考えられます。

ところが・・・その繁栄の最後の数千~1万年ぐらいに、妙なことが起こった。

人間の大脳が急速に発達して、環境そのものをより安楽なものへと作り替えることをし始めたわけです。

火を使い、道具を作り、食べるのに適した動植物を食料用に飼いならし、定住用の住居を造り、森林を開墾し、山を削り、海を埋め、道路を舗装し、エネルギーを作り出し、、、、そして現代に至った。

こういったプロセスがすすむことによって、風雨や飢え、猛獣といったリスクはどんどん小さくなりました。
ということは、そういった野生環境のリスクに適応するために獲得された体のメカニズムを発動する場面が、少なくなっていったことになります。

せっかくのメカニズムも、使われなければ、だんだん錆び付いてしまいかねない。

そして逆に、野生環境ではほとんど想定されていないリスクが発生してきた。

典型的なのが飽食=食べ過ぎ。
最近では、単なる過食にとどまらず、カロリー的には過剰なのにビタミン・ミネラルは不足するという実にややこしい状況が生じています。
これは、加工食品などが一般的になってきたことが原因です。

もうひとつの典型例は、運動不足。
これも、全身でみれば圧倒的に運動不足なのに、頭部を支える首の筋肉や、キーボードを打つために指を動かす筋肉だけは局所的に酷使されるというややこしいアンバランスが生じています。

もし、ファストフードやコンビニで売られている食べ物を食べながら1日8時間キーボードを打つライフスタイルを、人類が100万年ぐらいかけて徐々に身につけたなら、体の構造(骨格、筋肉の強さのバランス、代謝のバランス、血液循環など)もそれに応じて変化したかもしれない。
でも現実には、そういう暮らしは、ここ何十年というほんのわずかな時間で広まったのです。
これは生物進化の尺度でいえば、一瞬にも満たないぐらいのごくごく短い時間です。

だから、体の適応が間に合っていない。
それで、いろんな不都合が生じる。具合が悪くなるわけです。

つまり、せっかく長い時間をかけて適応したメカニズムは動員されず、新たに発生した環境には適応が間に合っていない・・・という、環境と身体のミスマッチが生じている。
それどころか、野生に適応すべく獲得された性質が、現代の環境においてはむしろあだになっている面さえある。

こういう数々のミスマッチが、さまざまな健康問題を引き起こしているのです。
(この辺の成り行きについては、拙著「カラダの声をきく健康学」に詳しく書きましたので、ぜひそちらを読んでください)

で・・・こんなふうにややこしく入り組んだ体と環境の関係をひもとくのに、カラダのしくみを「生物学的な意味」から解釈するというアプローチが、とても役に立つのです。

医学は、病気の成り立ちや治療法の原理を説明します。
もちろんそれは、とても大事なことです。

ただ、元々生物学を学んだ私の感覚から見ると、問題の根源はもっとふかいところにあるよなぁ、と思うことも、ままあるのです。

「働きもののカラダのしくみ」連載は、いつもそんな発想で書いています。

自分の体を自然の一部としてとらえ直すことが、つねに「健康」というテーマの根っこにあるはずだから。