読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「殻の破り方」を知りたければ、ヒトよりセミに学ぶ方がいい

雑感

もうすぐ8月も終わり。

セミの声も何となく秋めいてきました。

 

さっきちょっと買い物に表へ出て、セミの声を聞いているとき、ふと思ったことがあります。

 

「セミの幼虫は、どうして地上に出てくるんだろう?」。

 

ご存知のように、セミの幼虫と成虫は、全然違う姿をしています。

土の中で生きる幼虫には、土を掘るためのシャベル状の前脚がある。そしてもちろん羽はありません。

一方の成虫は、飛ぶ羽と、ビービー泣くための装置と、生殖器官を持っている。

 

ずーっと土の中にいる限り、幼虫のあの姿は、実に居心地のいい、環境にとてもよく適応した姿であるはず。

そこに居続ける限り、姿を変化させる必要は、どこにもないのです。

 

だったらそのままでもいいのに。

 

あーーごめんごめん。
ここで話題にしようとしているのは、生物学的なお話じゃありません。
生物学的にいえば、ある成長段階(ミンミンゼミの場合、土の中で6~7年経ったころ)に達したら、たぶん何らかのホルモンの作用などによって体内の変化が引き起こされ、羽化の準備が整った頃に今度は、地上に出てくるという行動を引き起こすホルモンないし神経伝達物質などが働く、・・・と、まあ、そんな感じの説明ができるはずです。
そういうホルモン類が働くから、タイムスケジュール通りに姿を変えるし、地上に出てくる。そのようにプログラムされた生き物なんですよ、と。

そういうのはまあ、それでいいとして。

ここでは、セミの地下での生涯に視点を重ねて、その気持ちを味わってみたいわけです。

生まれてこのかたほとんどの時間を、セミは土の中で生きてきた。
それは本人にとって、別につらいことでもなければ、不自由でかわいそうな境遇というわけでもない。
そういう生活に適した体や食性を身につけているわけだから、その生活が一番安楽で、過ごしやすいのです。
だからきっと、土の中で気ままな生活を楽しんできたことでしょう。
そういう生き方について、疑問を持つ必要もないはず。

しかも彼らは、土の上に何があるか、知る由もない。
いや、7年前にふ化したのは地上の樹皮の下だったから、そこから地下へ潜るまでのごくわずかの時間だけは、外の空気を吸ったことがある。
もしかしたらそのときのことをかすかに覚えているかもしれない。
でも、、潜るまでの振る舞いは、地上よりはるかに安全であろう土の中へまっしぐらに進んでいったはず。周りなどほとんど見ずに。
それはむしろ、これから生涯の大半を過ごすことになる土の中の世界に魅せられて、引き寄せられていく姿とさえ、受け取れます。

そんなふうに、吸い込まれるように地中へ潜って、過ごしやすい環境で7年も過ごして。

そこで生涯を終えても、十分幸せなんじゃないかと、思える。

なのに、7年経ったあるとき、背中がうずき始めるわけですよ。

固い殻の下に、何に使うんだかその時点では想像もできない何やら妙な器官ができ始め、

「ああ、僕はこのままここにいてはいけないんだ」という理解不能だけれど強烈な衝動がわいてきて、

その衝動に突き動かされて、ほぼ未体験に等しい「地上」という世界へ出て行く。

その時点では、「地上」というのがどんなところなのかも、出て行ったその先で自分の身の上に何が起きるのかも、まったく知らない。

なのに、なにか訳の分からない力に導かれ、、、いままで慣れ親しんだ生活の場を離れて、未知の空間に出て行く。

これって・・・・ものすごいことですよね。

それで、ふと思ったのは。

「殻を破る」って、こういうことなんだよな、と。

固い殻は、今までの生き方と、実によく適応しているわけです。
その中にいて、今まで通りにしていれば、本来何の不都合もない。
今まではそれでうまくやって来れたし、これから先もやっていけるはず。

なのに、なんだかうずうず、もぞもぞした衝動、落ち着かない気分が募ってきて、

今までのやり方ではいけないんじゃないかという想いがこみ上げてくる。

今までと違う振る舞いをしたくなる。

その結果自分や周りがどうなるか、見通しはないもない。
なぜそうしたいのか、うまく説明することもできない。

でも、その衝動にあらがうこともできない。

そして、、、、いざ本当に殻が破れてみると、、、

それまでの生涯で培った経験や価値観の延長では決して想像できなかった、新しいものが生まれてくるわけです。

地下しかしらないセミの幼虫が、その時点で「空を飛ぶ」ことをイメージできるはずがないのです。
だから「羽」という言葉も、幼虫時代の彼らには何の意味もなさない。

地上に出て、殻が破れて、飛べるようになって、初めて「おおぉぉ~~~っ!これだったのかぁぁ!!」って思うんでしょう。

で、、、ここでもう一つ思うのは、、、

人間の場合、殻にこもって、土の中で生き続ける選択もできちゃうんですね。
それはそれで、相当居心地のいい生き方のはずです。
何しろその殻は、地中の暮らしに見事にフィットしている。
しかも固くて丈夫。みんな同じ形をしているし、安心だよ。

なにも“ちじょう”なんていう、何がどうなってるんだかよくわかんない、不確かなところへわざわざ行かなくってもいいじゃん。
ここの暮らしは十分ここちいいよ。
いや、こう見えてオレだって、遠い昔にちらっとのぞいたことはあるんだよ、ちじょうってとこは。だけど、あんなもん、どうってことなかったよ、別に。
ああ、確かにそっちへ向かって出て行った奴らのことは知ってるよ。
でも、だれももどってこないなぁ・・・

セミは、背中のうずきを、ぴったりジャストのタイミングで感じ取るんだよな。
そして、その衝動を信じて、迷うことなく地上に出てくる。

いや、もしかしたら中には、うじうじ迷ってるうちにときを逃すやつも、少しいるのかもしれないけど(笑)
でもたぶん、ほとんどのやつは、出てくる。

すごいなぁ、セミ。