【シリーズエッセイ】カラダにまつわる数字のリアリティー その4 「で、37兆って、どれぐらいおっきいのよ?」

ちょっと間が空きましたが、「カラダにまつわる数字」の4回目です。

前回、人体を作る細胞の数は(60兆ではなくて)「37兆個」というお話をしました。

 

これは、2012年に発表された論文をベースに、現時点で最も精度の高い見積もりとして、この数字を挙げたわけですが、、

 

少し言葉が足りなかったかな、と反省しています。

 

このシリーズエッセイの趣旨は、タイトルにあるように、「カラダにまつわる数字のリアリティー」を追求すること。

どっちの数字が正しいか、よりも、数字を実感してみることに、主眼を置きたい。

 

そう考えたとき、、、「37兆」という数字は(60兆でも一緒ですが)、あまりに途方もなく大きいため、私たちの一般的な生活実感や日常感覚とかけ離れた、想像もできないレンジの数だと思うのです。

 

その途方もない数値を、なんとかしてグイッと、「ああなるほど」って思える圏内に引き寄せられないかな、そういうことを、もうちょっと丁寧にやる必要があるな、と思ったわけです。

 

というわけで、、、今日のお題は改めて「37兆」。

 

そもそも私たちは、どのくらいの大きな数字なら、実感を持って取り扱えるものでしょうか。

 

 

まあ、貿易や証券取引のような、大きな桁の数字を扱う仕事をしている人にとっては、億とかの数字(金額など)を操るのはごく日常的なことだと思います、が、、

 

ただ、そんな人でも、「1、2、3、4、5、6、、、、」っていう具合に数字を順にカウントして、億まで数えたことは、きっと無いと思うんですよ。

 

それって、、、大きな桁の扱いに慣れてるとは言えても、、

その数字の規模を体感しているとは言い難いんじゃないかと、僕は思うのです。

 

というのも、、

 

僕がちっちゃい子供のときの話です(たぶん小学校1、2年ぐらい?)。

 

自力で、初めて「100まで数えた」ときのことを、うっすらとだけど、けっこうしっかり覚えてるんですよ。

1、2、3って指を折って数えられるところから始まった数字が、順に積み重ねていくと、100などという子供にとってはかなり大きな数字まで連綿とつながっていることを実体験して、、、

素直に感動したんですね。

 

「わーすごい、100までいった!」ってね。

 

たぶん、めっちゃ興奮して、母親とかにも報告したんでしょうね。

 

「すごいよ、100までかぞえたよ!、つながってたんだよ」って。

 

まあ、、、ちょっと変な子であることは、認めましょう(笑)

 

でも、、とにもかくにもそれほどまでに、自分で発見した(実感した)ことのインパクトは、大きかった。


そして、たぶんそのしばらく後、、、今度は「1000まで数える」のも達成しました。

このときのこともなんとなく、覚えています。

さらに大きな感動でした。

「こんな大きなところまで、つながってるんだ〜!」って感じ。

 

100っていう数字は、学校で「100点満点」という概念に接していたこともあり、多少は身近な感じがあったと思うのです。

それに対して、1000となると、子供にとってはもはや、天文学的な数字です。

 

そこまでつながったんだから、、、これはもう、大興奮ものです。

 

まあ、、、数かぞえるだけでそんなに喜べるんだから、子供ってすごい生き物だわって話ですけど(笑)

 

さて、子供の頃にそんなことをして遊んだ人が世の中にどのくらいいるのかは知りませんが、、一般の人が数字を1から順にカウントするという手法で到達したことがある数としては、通常、この辺が上限だろうと思います。

 

なにしろ、1000まで数えるのには、1カウント1秒として、16〜17分ほどかかります。

もうちょっと早く数えることも可能だと思いますが、それでも、少なくとも10分以上は「数える」という行為に意識を集中しないと、達成できないでしょう。

 

これが1万までになると、3時間弱かかる計算です。

10万ともなると、ノンストップで寝ずに頑張っても、28時間ほど。
このへんがまあ、生理的なリミットでしょうか。

 

100万に到達するには、寝ずに頑張っても、11日半ほどかかります。

いやいや、人間はそんなに寝ないで過ごすのは無理だって。

 

1億になると、、ノンストップの計算で、1157日。一睡もせずに3年ちょっと。

いや、3年も寝無いのが無理なことはわかってるけどさ(笑)
休み休み続けたとしても、、一人の人間がやる作業としては、もう不可能といってもいいぐらいの領域でしょう。

 

じゃあ、37兆だったら?

 

・・・・1カウント1秒で、24時間不眠不休体制で、30万年ぐらいかかる計算です。

現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生したと言われるのが、20万年ほど前です。

当時の彼らの脳内には、おそらく数字という概念はまだ生じてなかったと思いますが、、そういう細かい話はちょっと横に置いて、、仮に人類誕生の瞬間から、人類が共同作業でリレー式にミッションをつないで、カウントを絶やさないように昼も夜も数え続けてきたとしても、、、西暦2017年現在で、まだ37兆には届いていない、、

 

、、、と、それぐらい巨大な数字なんです。37兆って。

 

いや、僕も今ざっと計算してみて、ちょっとたまげましたわ。

 

人体というものは、それぐらい途方もない数の「細胞」が寄り集まって、できている。

 

まあ、奇跡といいますか、驚異といいますか、とにかく、とてつもない感じはなんとなくわかるんじゃないかと思います。

 

ちなみに、、、イメージ上の比較の対象を一つ挙げておくと、、トヨタの車の部品点数は、約3万個だそうです。

 

www.toyota.co.jp

 

これとて、小さな数ではないとは思いますが、、、

37兆とは、比べるべくもないでしょう。

 

サイエンスの分野で、途方もなく大きな数字がよく出てくる分野が2つあります。

 

一つは生命科学で、もう一つは、天文学などの宇宙科学です。

 

ということで、今度は宇宙の数字と比べてみましょう。

 

例えば、私たちの太陽系が所属する銀河系=「天の川銀河」。

銀河系は、太陽のような光る星(恒星)が無数の集まってできています。
天の川銀河を作る恒星の数は、2000〜4000億個なのだそうです。

これも、とてつもない数です。

でも、人体の細胞数は、これのさらに100倍ぐらい。

天の川銀河並みの銀河系が百個ほど集まって、ようやく人体1個体の数字に並ぶのです。

 

さらにもうひとつ、極め付けを。

 

以前も触れましたが、人体の細胞一個に含まれる総DNAの長さは、約2メートルです。

これが、人体1個体分を作るためのフル設計図。

 

で、、その設計図を、基本的にすべての細胞が内蔵しているわけです(赤血球は例外ね)。

 

では、もし全身の細胞に含まれる全てのDNAを1本につなげたら、どのくらいの長さになるでしょうか。

 

ヒトの総細胞数は37兆個。

そのうち26兆個は核を持たない赤血球なので、有核細胞の総数は11兆個ほど。

 

この数字に、「2」メートルを掛け算すればいい。計算自体は単純です。

 

答えは、22兆メートル。

キロ単位に換算すると3桁減って、220億キロメートルです。

 

、、、と、これって、どのくらいの長さなの?

 

これ、、、じつは、太陽系の惑星のうち一番外側を回っている海王星の公転軌道半径をはるかに凌ぐ、べらぼうな数字なんです。

 

海王星の公転軌道半径、すなわち太陽と海王星の平均距離は、約45億キロメートルだそうです。

ヒト1人の体内に含まれる全DNAの長さは、なんとその5倍近くにもおよぶのです!

 

どうですか、自分の体の中に、太陽系のはるか彼方にまで届くような極細の糸が内蔵されている、と。

イメージできるでしょうか?

 

まあ、、これはあくまでも「そういう計算をすればこういう数値が導かれる」ということであって、、

全細胞のDNAを1本につなぐという設定に、生物学的な意味は特にないでしょう。DNAはそんなふうにして働いているわけではありません。

 

ただ、人体の内側に、途方も無いスケールの構造が宿っていることの、ひとつの象徴とはいえるでしょう。 

要は、37兆っていう数字は、それほどまでに、桁違いに巨大だ、ということですね。

 

さて唐突ですが、、、仏教に、「本不生」(ほんぶしょう)という言葉があります。

この世界、この宇宙の「すべて」を一言であらわす言葉なのだそうです。

 

長い修行を経て、深い瞑想状態を体験することによって、人はこんな感覚を実感として感じられるようになるそうです。

 

宇宙の根源であり、一切の本源が本来不生不滅すなわち永遠に存在する、そんな感覚。

自分の内側に、宇宙のすべてとつながる、広大で深遠な世界が広がっている、という実感。

 

はい、これはもちろん、受け売りの知識です(笑)

最近読んだ、名越康文さんの新刊「ひとりぼっちこそが生存戦略である」に、そんな話が書いてありました。

 

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正直なところ、、僕自身は、そんな境地は、実感としてまだよくわかりません。

 

ただ、、、ここまで触れてきた、「海王星の向こうまで届くDNA」とか、「細胞の数が天の川銀河の星の数より多い」とか、そんな逸話をなんとなくイメージ化してみることで、、

 

広大で深遠な世界の実感に通じる感覚が、ちょっとだけ後押しされているような、そんな感触はあるんです。

 

「数字」って、感覚や直感、イメージといったものと対置されて、「無味乾燥で杓子定規なものの代表」として扱われることが多いと思いますが、、

 

僕はむしろ、数字も扱い方次第では、直感やイメージを後押ししてくれる手段になるんじゃないかと思っているのです。

 

ものごとを数値化して捉えることで、実感の世界がむしろ豊かに、リアルになる。

そんなあり方を、これからも探求していきたいと思います。