カーリングで起きる「想定外」は「恐怖のみそ汁」だ

オリンピックが始まった。

冬の競技で僕が好きなのは、カーリング

ママさん選手2人が率いる北海道銀行チームが、善戦している。

強豪との対戦は予選後半にひしめいているので、結果はまだなんとも見通しがつかないが、いい感じで進んでいるのは確かだろう。

 

カーリングはよく、「氷上のチェス」と呼ばれる。

たしかに、1手、2手先を読みながらハウスの中にストーンを配していくさまは、チェスや将棋、囲碁のようなゲームに通じるものがあると思う。

 

ただ、これらのゲームと一つ大きな違いがある。

 

それは、「ここに石を置きたい」と思っても、そうなってくれるかどうかはやってみないとわからないこと。

 

 

氷の状態は刻々と変化するし、そもそも的を狙ってストーンを投じるのは人間なので、つねに正確に操作できるとは限らない。必ずミスがある。

「想定外の状況」が、必ず生じるわけだ。

 

もっとも、「正確に動けないことがある」という条件は、カーリングに限ったことではない。
身体を使うあらゆる活動(スポーツ、武術、ダンス、体操、その他いろいろ)に通じることだ。

たとえば、ボクシングと比べてみよう。標的は、まあ例えば相手のアゴだとする。
でも、この標的は常に動く。そりゃあそうだ、止まっていたら簡単にヒットされてしまうからね。
一方、自分も、相手のパンチを避けるために動く。
両者が激しく動く中で、相互の位置関係の推移を予想するのはきわめて難しいだろう。

こういう状況ではおそらく、「想定外」という言葉はそもそも意味を持たない。

想定なんて、してる場合じゃないからだ。

Don't Think, Feel !

ブルース・リーのこの言葉のように、考える(想定する)前に感じて、とっさに動かないと、ボクシングのような(あるいは武術のような)動きはこなせないだろう。

つまり「想定外」というのは、まず想定をするという前提があって、初めて起こるわけだ。

カーリングは、一投ごとに間合いがあり、場合によってはチーム4人が集まって局面を検討する。
いちいち「想定」を作るわけだ。

そして、投げる。

想定通りに行けばいいけれど、想定外の状況もしばしば起きる。

そこでどうするか。

想定をして、行為の結果想定外になって、またそれに対応して・・・という段取りは、ある意味、想定なしにパンパンパンととっさの反応を重ねるより、対応が難しいように思う。
「想定した」→「それが外れた(想定外になった)」という思考プロセスがかえって足かせになって、フォームの安定度や判断の精度を低下させかねないのだ。
「想定をする」という段取りが、自分の首を絞めている、ともいえる。

似たような現象、実は、将棋のようなゲームでも見られる。

ある思惑を持って一連の手を指して、でもそこに何らかの見落としがあったり、相手が思わぬ対応をして想定外の局面になったとき、、、テレビ放映される棋戦で指しているような一流棋士でも、その前の手の流れに引っ張られて、「その局面だけを虚心に眺めれば最善手はこれ」というところを外してしまうことがままある(ように見える)。

まあ、それが人間がやる勝負ごとの面白さともいえるのだが。
最近話題の将棋ソフトなら、そういうところでためらわず、恥も外聞もなく、その時点の最善手と思われる手を選ぶのだろうな。

で、、、カーリングの場合は、想定外が起こる頻度が、将棋やチェスよりはるかに高い。

一投ごとに想定を作る余白があり、それがけっこうな高頻度で外れて、その都度そこに対応する、、、と、そういう性質のゲームのようだ。

「想定が外れた」という、感情や気分に波風が起きやすい状況の中で、精度の高い次の判断を下し、ストーンを投げる繊細な動作を安定的にこなす、、ことがうまくできるかどうかを競っている。

なんというか、、、わざわざ問題を難しくしているような観もある(笑)

で、、おそらくそのためだろう、カーリングは「メンタルがとても大事なスポーツ」といわれる。

たしかにね。ボクシングで「メンタルが大事」なんていわれることは、あまりない。

もちろんボクシングにもメンタル的要素はあるだろう。でもその中身は、カーリングのそれとはかなり違うだろう。

別にどっちが偉いとかそういう話じゃなくて、そもそも質が違う。

もう一度将棋の話をすると、、
将棋の棋戦には、考慮のための持ち時間が長いもの(タイトル戦など)と、1手30秒とかでばんばん指す早指し棋戦(NHK杯など)がある。
タイトル戦、例えば名人戦なら、2人の棋士がそれぞれ8時間の持ち時間をもらって、二日間にわたって1局を指し続ける。だから1手に2、3時間考えることも、よくある。
一方のNHK杯は、基本1手30秒。

これはもう、同じ将棋というルールではあるけれど、棋士の感覚としては全く違うゲームなのだそうだ。
早指し戦は「Don't Think, Feel !」の世界。直感をたよりに手を選ばざるを得なくなる。
実際、プロ棋士の脳をfMRIで調べると、短時間で手を選ぶ設定にしたときには、思考脳(大脳皮質)ではなくて、身体操作の中枢(大脳基底核)あたりが活発に動いているそうだ。
こんなときの脳内作業は、カーリングより、ボクサーに近いのかもしれない。

で、、、改めてカーリングに戻ると。。

「想定外への対応」という視点で見たときに、ママさん選手二人の安定感が、際立っているように、僕には見える。

そうなる理由は、すぐに思いつく。

彼女たちが、「子育て経験者」だからだ。

子育てもまた、想定外の連続だ(いや僕は子どもがいないからよく知らないけど、想像するに多分そうなんだろう)。
ものごとが思惑通りに予定調和的に進むとは、とても思えない。
日々、想定外に直面する。想定外が普通の日常だ。

そこでいちいち怒ったり思考停止していては、子育てにならない。

「想定」という足かせをするりとすり抜ける練習を、毎日やっている、ともいえる。

これは、特にカーリングという性格の競技においては、ものすごい強みになるんじゃないかな。

いや、本人たちの声を聞いたわけじゃないのでほんとのところはわかりませんが。
でも、たしか小笠原選手が、それに近いことを言っていた。
「世界には、子どもを産んで強くなって戻ってくるカーリング選手がたくさんいる」みたいなこと。

だからきっと、それに近い実感があるんじゃないかな。

さてさて、、では、「想定という足かせをするりとすり抜ける」って、具体的にはどんな感じなんだろうか?

これは僕自身の経験則なんだけど、、

一つのカギを握っているのは「スマイル」だと思う。

「想定外」的なことが目の前で起こって、自分の心や脳が硬直しかかったとき、、

「ニカッ」って笑顔になると、、、けっこううまいこと、足かせが外れる気がする。

これは、単に「笑顔の効能」っていうだけじゃなくて。

「想定外」って、本来、「笑い」の発生源にもなりえるものだから。

これは、ごく単純なだじゃれみたいなものを想像してみればわかりやすいんだけど。

まあ、たとえば「恐怖のみそ汁」っていう言葉がある(すまん、このレベルしかとっさに思いつかなかった)。

「今日のみそ汁の具は何?」
「今日、麩のみそ汁」・・・っていうのがオチになるやつだ。

最初に「恐怖の」っていう言葉をふっておいて(想定を作っておいて)、それが文脈の中で「今日、麩の・・・」に変化することで、想定が外れて、おかしさが生じる。
(ってくそまじめに説明するのも気が引けるんだけど、、まあ、いわんとするところはわかるでしょ?)

つまり、何がいいたいかというと、、、
「想定外」っていう状況は、ある意味「笑いどころ」でもある、はずなのだ。
「お笑い」とか「ギャグ」というものはたいてい(ほとんど)、何らかの思惑外し=想定外が含まれている。

それを「おかしい」「面白い」「楽しい」などと受け止められれば、想定外は足かせにならない。

多分、子育てってそういうことがよくあるんじゃないかな(これも想像だけど)。
子どもがやらかした想定外の出来事そのものだけを見れば、怒りや徒労感がこみ上げてもおかしくないのだけど、、、そこで子どもが「ニカッ」と笑ったりするので、思わずつられて笑っちゃう。
(だから赤ちゃんは、母親の継続的な子育て支援を引き出すために表情がかわいらしく微笑むように生得的にできている生き物だ、という説もあるようです)

想定外が問題なのではない。
問題は、想定外を思考停止のネタとしてしか受け止められない、自分の脳(ないし、体)の方にある。

さっき、想定外がよく出てくるカーリングは「問題をわざわざ難しくしている」って書いたけれど・・

今の話からいえば、カーリングは「想定外があるから面白い」ともいえる。

それを「面白い」ととらえる練習を、ママさん二人は子育ての中でたっぷり積んできたんじゃないな、と思う。