だからやっぱりギブソンが好き

Gibsonの古いギターと、ラグタイム音楽、そしてももクロをこよなく愛するフリー物書き、キタムラのブログ

「人生50年」の節目で感じる、老人力の始まり?

やーごぶさたしてました。

 

最後の更新からもう2か月ほどたってますね。

もうこのブログは放逐されたんじゃないかと思われても仕方ないですな、これでは、、、はは。

 

まあ、仕事がちょっとどうしょうもないほど詰まってたとか、細々した書き込みはfacebookに書いてたとか、いいわけはいろいろありますが、、、それはともかく。

 

とりあえず、元気にしてます。はい。

 

で、突然ですが、今日は私の誕生日。

今年はついに、人生50年の節目に到達しました。

 

 

いままで30歳、40歳などの節目を通過するたびに、ある種のショックというか、愕然とした気分を感じてきたのです。

まあわかりやすくいうと、急に老けたような気がしたわけですわ。

でも、今回はなぜか、そういう気分はあまり感じていません。

まあ何かの登録などで、年齢欄に「50」という数字を書き入れる機会があれば、手がプルプルするかもしれませんが(笑)

 

だけど、ホント、「あ〜あ、もう50歳かぁ・・」みたいな気分は生じていないのです、不思議なぐらい。

 

それよりも、自分が生きてきた「50年」という時間の長さ、スケール感にしみじみ感じ入っているような、そんな感覚があります。

 

50年って、決して短い時間じゃないですよね。

 

たとえば日本の歴史の本があるとします。
その手の本なら、きっとどこかに年表が載っているでしょう。
西暦元年あたりから現代まで並んでいる表だとしましょうか。約2000年分。それだけあれば、卑弥呼聖徳太子から現代までを十分カバーできます。
で、その年表の長さが20cmだとすると、50年は5mm。肉眼で十分に認識できる長さです。

ということは、自分が今まで生きてきた年月の長さを、たかだか数十倍もすれば、この国の歴史をほぼ全部カバーできる。それぐらい、自分はもう生きたってことになるんですね。
これって、なかなかなものです。

まあ実際、自分が生まれてから起きた出来事が、もう歴史の教科書に載っているんだから。
東京オリンピックとか、大阪万博とか、オイルショックとか、沖縄返還とか。もうどれも、歴史的な出来事です。

自分が子供のころは、たとえば「日本が戦争に負けた」というのは、遠い遠い昔の話のような気がしていた。
実際は、自分が生まれるよりわずか20年前には、日本はまだ戦争のまっただ中に居たんだけど。
でも自分が子供のころは(若いころも)、「わずか20年」とは感じられなかったんだな。

でも50歳までくると、「いまから20年前」っていうのがついこの間のことって思えるわけです(笑)
だって実際、1993年なんて、ついこの間でしょ?
(アラフィフ世代ならきっとうなずくと思う)

で、感覚的にはついこの間なんだけど、一方で20年もあれば世の中がどれほど変わるものか、ということも実感としてわかる。
だって1993年っていえば、インターネットどころか、電子メールさえ物珍しかったころ(「パソコン通信」の時代になるのかな、ニフティサーブとか)
それがわずか20年で、今やこんなことになってるわけです。

そんなふうにして、自分が生きた時間が長くなるほど、かつては歴史の本に載っている出来事としか認識できなかったことがら(たとえば太平洋戦争)が、実際に自分の人生とつながった時間軸上にあるんだなーって感じられるようになってきた。そんな気がする。
実感を伴ってカバーできる歴史スケールが、ずいずいずいーっと伸びていく感じ、とでもいうのかな。

何言ってるか、わかるかな?

この感覚は、、、例えていうなら、渋谷駅と新宿駅の周辺地理だけはそれぞれある程度把握していた人が、あるとき新宿から渋谷まで歩いて、「おお、この道はここにつながっていたのかぁ!」って驚いたような、そんな感覚にちょっと近い。。かも。

んん、、ちょっと違うかもしれないけど、、、(苦笑)
まあ細かいことは気にせず。。

というわけで、、、、どうも今回の節目では、「歳を取ったからできるようになった」ことの実感があるんですね、どうやら。
だから、「老いた」とか「衰えた」みたいな気が、あんまりしない。

もちろん実際には、いろんなところがガンガン衰えてますよ、そりゃあ(笑)
生理機能は正直です。
特に、目と耳の劣化はひどいものだ。
筋力や記憶力も、若いころと比べればかなり衰えているでしょう。

でも、そういう単純な身体能力が弱ったことを補う老人力的なものが、そろそろ芽生えているようにも思えます(笑)

かつて人生50年といわれた、その年限を超えたことで、この先は何かのフェイズが変わっていくのかもしれませんな。