WBCとカーリングともに敗戦。。に思う、いざというときにパフォーマンスが落ちないカラダのあり方

WBC、負けちゃいましたね。

カーリング女子も予選リーグ7位に終わり、残念です。

ただカーリングはまだオリンピック出場の可能性が残っているので、期待しましょう。

 

ところで・・

こういうスポーツの試合を見ていると、いろいろなことを感じます。

 

ひとつは、「どうして緊張すると実力が出なくなるのだろう?」ということ。

 

緊張っていうのは、体の作用としては、交感神経系が優位に働いてテンションが上がった結果、起きる現象。

で、生物にとって交感神経系は、生きるか死ぬかの状況で必死に逃げる、もしくは必死に戦うためのシステム。

だから、カラダのパフォーマンスが下がっては意味がない。むしろ最大限のパフォーマンスが出なきゃいけないはずなのだ。

 

実際、人間以外の生物では、そんなふうに稼働しているように見える。

 

なのに人間はたいてい、緊張するとパフォーマンスが下がる。

 

これは不思議だな〜って、いつも思うのです。

 

どうしてそうなるのか、僕が現時点で考えている解釈の一部は、著書「カラダの声をきく健康学」に書いた。
ヒトは頭が良すぎる動物だからいろいろ考えすぎて、それがカラダにブレーキをかけてしまうんだろう、というようなお話。

特に、「先が読める」という能力がくせ者なんですね。

「未来予測」ができるというのは、人間の卓越した脳力のひとつですが、それがネガティブな未来(敗北とか、失敗とか、人からの批判とか)を予想(確信)すると、途端に力が出なくなる。

で、、、緊張を強いられる局面=プレッシャーがかかる場面では、ヒトはしばしば、ネガティブな未来を思い描くものです。

いやこれはもちろん、全員がそうではありません。
そんなこと思いもよらない、というタイプの人も時にはいます。
でもなぜか、かなり多くの人が(少なくとも僕が知っている範囲では)、プレッシャーがかかるほどネガティブ未来予測が頭の中を駆け巡るようになる。

これがなければ、たぶんプレッシャーは、身体パフォーマンスを高める方向に作用するはずだと思うんだけど。

さらに、、、チームスポーツの場合、ネガティブな未来予測(に裏打ちされたネガティブな気分)はしばしば、周囲に伝染します。
するとチーム全体の士気が、なんとなく停滞する。

ここから生じるのが、「流れが悪い」という状況。

スポーツではよく「流れがいい」「流れを引き寄せたい」という表現が使われますね。
身体的なパフォーマンスの優劣だけでは説明し難い、不思議な運勢というか、運不運みたいなものがときに一気に傾いて、勝敗のゆくえを決してしまう。
スポーツ以外でもそう。双六とか、麻雀とか、あっち向いてホイみたいなものでさえ、展開を眺めていると、「流れ」というよくわからない力のようなものがあっちへ傾いたりこっちへ寄ってきたりそういうことが起こります。

うろ覚えだけど、、、たしか論語か何かの中で、かの孔子先生が、「君子になるには博打をするべきだ」みたいなことをおっしゃっているのだそうで。
世を治める人が身につけるべき能力のひとつとして、「流れを読み、流れを味方に付ける」ということがとても重要で、それを学ぶには博打が一番、ということらしい。

「流れを読む」と「未来予測」は、やっている行為としては似ているけれど、中身は微妙にちがう。

流れを読むのは、かなり直感的、感覚的な行為。
「おおっ、きたぞきたぞきたぞこれだっ」ってピンと来るような感じ。

それに対して未来予測は、「ああなって、こうなって、だからこうなる」というロジカルな思考がベースです。

で、、、、後者はしばしば、カラダを固めてしまう。緊張感が高まるわけです。
それに対して前者は、無心になる感じがある。

現実問題として、この二つを隔てているのは何なのか?

心理学的にいえば、たぶん「自己肯定感」という言葉と関係があるのでしょう。

身体技術としては、おそらく「呼吸」が深く関わっています。

頭の働きでいうと、「固定観念」というか、思考を固まらせるワクのようなものからどう逃れるか、ということとつながっている。

・・・・みたいなことをいろいろ考えつつ、、今日もまた暮れていきました。
ははは、今日は何の結論もなしです。
ぼんやりしたつぶやきにつきあってくれてありがとう。