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WBCを見ながら感じる身体的な異文化体験

野球のWBCがいよいよ佳境を向かえている。

ベスト4まで勝ち上がった日本チームが、週明けから決勝トーナメントに臨む。

 

この大会、MLBの一方的な思惑が透けて見える組織のしくみとか、アメリカチームのやる気のなさとか、そういう部分を見ると実にげんなりしてしまうのだけれど、、、、そうはいいながら、いざ試合が目の前で(テレビで、ですが)繰り広げられていると、思わず見入ってしまいます。

 

前回もそうだった。

 

ちなみに前回のときは、こんな書き込みを書いています。

なるほど〜ちょうど会社を辞める直前だったんだな。

 

で、、今回はイチローダルビッシュも黒田も出ないし、自分でもそれほど興味ないだろうな、、と思っていたにもかかわらず、けっこうまめに試合を見ています。

 

これって何なんだろうか?

 

まあ、「日本代表」という言葉に、にわかナショナリズム気分を刺激されているのは確かでしょう。
これは野球に限らず、サッカーでも陸上でもスキージャンプでもカーリングでも、同じような心理が湧いてきます。
で、日本を代表している立場のチームや選手が勝利すれば、やっぱりうれしい。

ただ、見ているとどうもそれだけじゃないんだな。

というのは、、、むしろ相手チームのプレーに、「ひょえ~~」とか「うっほぉ~~」とかいいながら見入っていることが、けっこう多いから。

日本のプロ野球の場合、選手の大半は、両チームとも日本人です。
どっちを応援するかはおいといて、その振る舞いや思考は、自分にとって、まあ理解しやすい範囲内にあることが多いわけです。

これがWBCになると、相手チームは中南米系だったり、白人だったり黒人だったり、アジアでも台湾や韓国や中国の人だったりする。

こういう文化的にも人種的(遺伝子的)にも隔たったところにいる人たちの振る舞いは、日本人の枠内の感覚では「なんじゃこりゃ?」としか思えないような、自分にとって意表をつくスタイルのものが出てくることが、よくある。

いやこれは、ノーアウト1塁で送りバントをするか、という話だけじゃなくてね。

例えば、野球における最も基本的な動作=ボールを投げる、という動き。
特に、ランナーなしでフライをキャッチした外野手がふわっと内野に投げ返すときのような、何気ない(気合いの入っていない)動作がわかりやすいんですが・・・

右手で投げるとして、たいていの日本人選手はその際、投げる右手に合わせて左手を後ろに引くように動きます。
体全体をねじる動作が中心にあり、それと同期して右手は前へ、左手は後ろへ行くわけです。
まあ、実に自然な、理にかなった動きに思えます。

ところが中南米系の人やアフリカンルーツの人の中には、投げる動作で右手が前に出てくるとき、それとクロスさせるようにして左手も前に出てくる人が、けっこういる。
この場合、投げ終わったあと、胸の前で両手が交差している。

最初、この動きに気がついたとき、「なんじゃこりゃああ???」って思ったわけですよ。
だって、右手を前に振り出したいのに、左手も一緒に出てくるなんて、おかしいじゃん??って思って。

でも、、実際にちょっとまねして動いてみると、、、これはこれで、けっこうはずみをとりやすいのです。
へーなるほど、こんな運動感覚もあるのか~って感じ。

いや、強い球を投げるとか、コントロールの精度をつけるとか、そういう観点で考えた場合、この投げ方が役立つかといわれれば、もちろん疑問があります。
実際、黒人や中南米系の選手でも、ピッチャーがこういうふうに投げている姿は、見た記憶はありません。

だけど、何気なく外野から投げ返すときなんかは、こんな動作がふと表に出てくる。

やってみて気がついたんだけど、この場合、動力源は、胸を突き出して引っ込める、という動きなんですね、おそらく。
黒人っぽいダンスなんかで、ビートに合わせて胸でリズムを取るようなときに、よく出てくる動き方です。
たぶん彼らの遺伝子&文化に培われた身体動作感覚においては、この動きはすごく自然で、ラクで、つい出てくるものなのでしょう。
だから、ボールを軽く投げるようなときにも、そんな動作が顔を出す。

でも、日本人である自分にとっては、瞬間的に理解できない(ピンとこない)動作なんです。

「えっ、なんであんな動きでボールを放れるの?」って、一瞬ぎょっとしてしまうほど。

それで実際にやってみると、「ほほ~こんなのもあるのか」ってちょっと感心する。

まあ、少し大げさにいえば、異文化体験です。

ミラーニューロンっていう言葉、聞いたことがあるでしょうか。
これは、脳の運動前野というところにある一群の神経細胞
運動前野の神経は、基本的には何らかの動作(指でつまむとか、握るとか、引き寄せるとか、あるいは足で蹴るとか)の指令を出す機能を持っています。つまり、その神経が興奮すると、その指令で指や手や足が特定の動きをする。

ところがその中にミラーニューロンという変わり種が紛れ込んでいて、こいつらは、他人がその動き(指でつまむとか、握るとか、引き寄せるとか、あるいは足で蹴るとか)をしているところを目で見たときにも興奮するのです。
自分は動いていなくても、です。

これは、人の動作を自分の中で動作イメージとして再現しているプロセス、と説明されています。
そうやって動きの感覚を自分の中に写し取って、意図を理解したり、気持ちを共感したりするわけです。

テレビでスポーツ中継を見ながら、自分も思わずスイングしたりボールを蹴るような動作をしてしまっていることってありません?いやこのばあい、蹴るのはボールじゃなくてリビングのテーブルだったりするのだけれど。
あれはミラーニューロンの働きが勢い余って、自分の体を動かすところまで行ってしまった結果、起きる現象。

せっかくなので、自分で書いたミラーニューロンに関する記事にリンクしておきます。

で、、、そんなふうに目で見た動作を、うまく身体感覚的に写し取るには、ひとつ条件があります。

その目で見た動作が、自分にとっておなじみの、親しみやすい動きであるほど、うまく写し取ることができるわけです。

テニスの経験者のミラーニューロンは、テニスの動作を見たときに、未経験者より活発に動きます。
自分でも習熟している動作だから、「ああ、わかるわかる」という感覚が、より強いわけですね。

例えば「歩く」なんていう動作は、いわゆる五体満足な人間であれば、たいてい誰でもわかるでしょう。
でも、例えば大半の西洋人にとって、「箸でご飯を食べる」のは、ぎょっとするほど不思議な動作に違いない。

極端な例を挙げると・・・サーカスとか、中国雑技団のようなところによく、あり得ないだろうっていうぐらい体がグニャグニャに曲がる人がいますよね。
うつぶせになった状態でエビぞりに下半身を持ち上げて、足が後ろから頭を超えて前に出てきて、足先で鼻の頭をぽりぽり掻いたり、とか。
ああいうポーズを見たとき、身体的にピンと来るでしょうか?
ほとんどの人は、「なんじゃあこりゃあ?」って思うだけでしょう。
あそこまで通常とかけ離れた動き(姿勢)になってしまうと、動作を自分の体に、感覚的に写し取ることができない。ミラーニューロンが働き得ないのです。

野球の動作は、日本人の男性にとっては、まあかなりおなじみの動きです。
もちろんどのレベルまで極めたのか、は個人差がありますよ。僕なんかは、小学校時代の三角ベースに毛の生えたぐらいしかやっていないので、高校や大学の体育系の部活(あるいはもっと上のレベル)でバリバリやった人などと比べたら、ミラーニューロンの働きはずっと大まかでしょう。
それでも、選手がボールを投げる動きを目にすれば、自分も一緒になって投げる感じを味わえる程度には、まあ、わかるわけです。

正確にいうと、、、「日本人の選手がボールを投げる動きを見れば」、わかる。

だけど、、、中南米系や黒人系の人の動きは、「ボールを投げる」のような単純な動作でも、「???」となってしまうことがある。

そんなとき、試しにまねをして動いてみると、異文化体験ができる。
自分の体が知らないうちにまとっている、動きの型というか、ワクというか、一種の制限の外側を、ちょっとだけ経験できるわけです。

ミラーニューロンキャパシティー(カバー範囲)も、もしかしたら多少は拡張されるんじゃないかな。こういうことをやっていると。

こんな感じのかすかなワクワク感が楽しくて、僕はWBCを見ているのかもしれません。