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「聴いた人が健康になる演奏」というアイデア

ギター、音楽

前回の書き込みにも書きましたが、29日のライブ、かなりいい感じで盛り上がることができました。

 

でも実は、本番数日前ぐらいまで、家で弾いていてもまったく思うような演奏ができなくて、こりゃあまずいな〜と、ちょっとテンパっていたのでした。

 

それが、数日前にふと天啓のように心の中に湧いてきた一つの言葉で、頭の中がガチャンと切り替わって、肩の力が抜けるようになった。

 

その一言というのは・・・

 

「あなたの演奏は、聴いた人の体を健康にするの?それとも不健康にするの?」

 


たぶん、変な言葉だと思うでしょう。
だって、音楽というのは通常、人の体を健康にするために用いられるものではないから。

だけど「健康」と「音楽」の両分野で活動をしている僕にとっては、この言葉はまさにピンポイントで、自分が奏でる音楽がどういうものなのかピンとこさせてくれたのでした。

ここでいう「健康」は、とりあえず、医学的な意味の「病気」や「治療」といった概念とは次元が違うものと思ってください。

そうではなく、体のありようとして、本来持っている機能や能力などが十分に発揮される、そういう状態のこと。

身近なところでいうと、例えば呼吸です。
呼吸は、肺という袋状の臓器に空気を出し入れさせる動作で、そのために周りの筋肉群(呼吸筋群)が連動して伸縮します。
伸縮によって目いっぱい肺を膨らませたときと、目いっぱい縮ませたときの体積差を「肺活量」といいます。
この数値は、その人の体格や体型によって、理論上、機械的に決まります。
そこまで肺の能力を十分に使って呼吸できるなら、その体は健康といえるでしょう。

ところが、慢性的な緊張やストレス、運動不足といった状況があると、その理論上の「目いっぱい吸う」「目いっぱい吐く」が実現できなくなる。
筋肉や関節の動きが悪くて、肺の機能を十分に引き出せないわけです。
そうなると、不健康。

で・・・自分が奏でた音楽を聴いている人の呼吸がのびのびと深くなっていくようなら、「人を健康にする音楽」、緊張感が高まって呼吸が朝来なるようなら、「不健康にする音楽」ってことになる。

ま、この定義で言うと、不健康にする音楽=ダメな音楽、とは限りませんね、かならずしも。
息を飲むようなスリリングな音楽というのもあるわけだから。
それはもちろん、アーティスティックな意味では優れものでしょう。
僕も、そういう音楽は嫌いじゃありません。・・・というより、むしろけっこう好きです、それはそれで。

だけど、、、自分が演奏する場合は、その音を聴いた人の呼吸が、のびのび、ゆったりと深くなっていくような、そんな演奏がいいんじゃないか、って思ったわけです。

と同時に、そうなるためには、自分が演奏中にのびのびゆったり呼吸していることがとても大事、って思った。

さらに・・・ライブに向けていろいろな曲を練習したり、アレンジを考えている自分の思考が、それとはまったく違う方へ向いていることにも、気がついた。

「あ、こりゃあ違うな」って思ったわけですよ。

技術的な難易度を上げてうならせるとか、スリリングなパフォーマンスで息を飲ませるとか、そういうことを目指すんじゃないんだよ。

そうじゃなくて、弾いている自分も、聴いている人も、体が快適に気持ちよくなって呼吸が深くなって、お腹の中に血が巡ってあったかくなるような、そういうパフォーマンスがいいんだよ。

そう思ったら、いろんなことがストンと腑に落ちたんですね。

整体の世界では、人の体に手を触れて、整えます。
これこれの症状のときはどこに触れて、、、といった技術はこまごまとあるわけですが、その一番の根源にあるのは、原初的な“手当て”感覚でしょう。
痛むところや調子の悪いところに手を当て、さすってあげる、そんな本能的とも言える感覚。

なぜだかわからないけれど、そんなふうにされるだけでも痛みが和らぐような気がすることがある。

で・・・整体系のワークショップなどに通って、わかってきたことがある。

そういう作用は、手当てをした人の特別な能力によって引き起こされたわけではない。
むしろ、触れられた人の体に宿っている、自分の体のバランスを取る力が、健全に発揮されることによって生じるものだ、ということ。
だからあれは、治しているんじゃないのです。
触れられた方が勝手に治って、健康になっていく。
手を当てるのは、その「治る」プロセスをちょっと後押ししているにすぎない。

その「ちょっと後押し」の、とてもいい目安になるのが、「呼吸が深くなる」ことなんです。
相手の体に触れたとき、相手の呼吸が深くなっていけば、大抵、相手の不調は解消される方向に向かう。

で、、、そんなふうになるうえでとても大事なのが、、、触れる側の自分がゆったりリラックスして、深い呼吸をしていることなんですね。

自分のリラックス度が、手のひらを通じて、相手に伝わるんです。

十分にリラックスしていれば、技術はつたなくても、ちゃんと伝わるものがあるのです。

ほら、、こんなふうに言うと、音楽の演奏と通じるものがあります。

技術で相手(聞き手)を変化させる(うならせる)というより、自分がゆったりとした状態であることが自然に伝わって、相手も健康になるような、そんなやりとり。

そういうのが、自分がやりたい音楽の姿じゃないのか、と思ったわけです。

それで、、、そう思ったら、ライブの選曲も、どんなふうに演奏するかのアイデアも、それまで想定していたものから一気に変化した。
そうか、そういうことだったら、こうだよな。
そんなふうにして、ライブ全体の構成の意味付けが、全部、ガラッと入れ替わった。

そうしたら、すごくいい感じで弾けるようになったのです。

その流れで、当日もいい感じで弾けた、というわけ。

だから・・・29日のクラスタに来てくれた人は、きっとあの夜、ちょっと健康になって帰宅したんじゃないかと思いますよ。

まあ、一番健康になったのは、間違いなく僕自身だと思いますが(笑)