「アポ入れ」というお仕事
取材をして記事を書くお仕事の一番最初に必ず発生するのが、取材のためのアポをとるという業務。
記事全体の行方を左右する、ある意味で一番大事な段階といえます。
だから、実務的にはたいしたことをやるわけじゃないのですけど、一度にたくさんやると、けっこう疲れます(笑)
僕は、だいたい月刊誌のスケジュールに合わせて行動しているわけですが、先週は編集サイドの人たちと企画の打ち合わせ&取材先の人選で、今週に入ってからは、ほぼひたすらアポを取っていました。
で、それがさっき一段落。
ふ〜〜っと大きくため息をついたところです。
いや、実務的には本当に、たいしたことじゃないのです。
テーマに適任な人をネットなどで探して、その人にメールを書くとか、電話をするとか、それぐらい。
だけど、それで記事の行く末がほとんど決まるわけですからね。
一番気を使うのは「人選」の部分。
全身全霊を研ぎ澄まして、「この人が適任か」を感じ取って判断する、そんなことを繰り返す作業です。
企画の種類やスタイルによっては、誰に会うかが事前に確定していることもあります。そもそも「誰それのインタビュー記事です」なんていう企画もあるし。
その場合は、その人について下調べをすればいい。
だけど僕がかかわる記事の大半は、「こういうテーマでやりたいんだけど、誰に話を聞きましょうか」というところからスタートします。
で・・・土地勘のあるジャンルなら、たいてい2,3人の名前がパッと浮かびます。
でも、そうじゃないこともある。今月は、そういう企画が多い。
そうなると、その業界の構造みたいなものを把握するところから話が始まります。
ネットはもちろん、書籍や雑誌をいろいろひっくり返したり取り寄せたりして、どんなタイプの指向を持つ人たちがいるのかをリサーチします。
その中から、企画のもくろみとうまく合致して、なおかつ話を面白く盛り上げてくれるのに適任そうな人をリストアップするわけです。
昔は書籍や論文を見つけるのも一苦労だったけど、今はネットがあるので、その辺にざーっと網を掛けるのはそんなに大変じゃない。
だけど、情報がたくさん出てくる分、それを吟味するのがひと仕事。
具体的には、取材候補者のインタビューや、自分で書いたと思われる著書、論文などを読み込んでいくわけですが・・
そのときに、そこにかいてある情報以上に大事だと僕が思っているのは、「この人はどんな人か」という部分。
で、このときすごく頼りになるのが、ネットや、著書のプロフィール欄にのっている顔写真なのです。
「40過ぎたら顔は本人の責任」と言うらしいですけど、これは本当にそうだと思います。
顔には、その人の歴史や世界観、人格、指向性などが色濃く表れます。
それを読み取ろうとするわけですね。
文章を読む場合も、行間ににじみ出る本人のキャラの手がかりを探します。
まあ一言でいえば、「会いたい」と感じる臭いがするかどうか、です。
これって、けっこうエネルギーを使う作業です。
いや、判断はほとんど瞬間的な直感なのですが。
「あ、いけるっ」って感じる何かがあるかどうか。
それを感じとることができる状態に自分をキープするのに、たぶんエネルギーを使っているのです。
まあ人によっては、そういう作業をほとんど苦労を感じずにできるのだろうと思いますが。
僕の場合は、ベースの性質があまり人付き合いの良い方じゃない・・・・というか、むしろかなり人見知りする方なので、意図的にある種のテンションを上げないと、そういう感覚が働かないらしい。
で・・・これぞと思う人がリストアップされたら、次々とアクセスするわけですが・・・
ここで今度は、「メールがいいだろう」と思う相手と、「電話した方が良さそうだな」と思う相手がいるわけです。
これも、「なぜ」と聞かれてもなかなかロジカルには答えられませんが、「この人は事前に声をきいておきたい(ないしは自分の声をきかせておきたい)」と感じるケースがままあるのです。
そうした方が、仲良くなれそうな気がするのですね、たぶん(笑)
で、、、電話が良さそうと判断した人には、本人をつかまえるまで連日、電話をかけ続ける。
いろんな事情(判断)によって、途中で人選を変更する場合もあります。
そうなるとまた、いろんな顔写真や著書をにらめっこするところに戻る。
ある日の夜中には「この人がいい!」と思ったのに、翌朝になると「イヤ違うな・・・」と思い始めることもある。
こういうのが一番難しいですね。。迷っててもしょうがないのだけれど、ミスマッチな人のところに行ってしまうとお互いに得ることが少ないインタビューになってしまう。
そんなとき、多くの場合は第一感を優先させますけど、やっぱり人選を変更することもあります。
・・・ってなことを繰り返すこと3日ほど。
さきほど、今月手がける何本かの企画で会う人すべてのアポが確定しました。
ここまで来ればあとは、ひたすら動くだけ。