生き物の本能から見た、原発報道と買い占め行動の関係

まず最初に。

これからここに書くつもりのことは、震災が直撃したエリアの方々には、役立つお話にはならないと思います。

現時点ではむしろ、もしかすると不快感を引き起こすかもしれません。

もちろん読んでいただくことは構いませんが、身の回りの現実と対峙するためには、もっと優先順位の高い情報がほかにあると思うので、ほかを優先させてください。

 

このお話は、例えば僕自身が居住している東京都内のようなエリアの現状をふまえたものです。

 

スーパーなどで、食品や電池などが買い占められて品薄になっているという現状があります。

それに対して、倫理観に訴えるという形で「買い占めを控えてほしい」「被災地のことを考えよう」という呼びかけも行われています。

 

「控えるべきだ」という訴えは、もちろんきわめて真っ当なものですし、僕も納得がいきます。

ただ、人間も動物ですから、置かれた環境の中で「危機だ!」という本能的判断が体内で生じた場合、自分の生存確率を高める行動を促す衝動が生じるのは、当然のことといえます。

生物学的にいえば、ストレス応答の一環としての危機回避行動ってことになるでしょう。

 

動物が本能的に感知する「危機」の内容は、おおざっぱにいうと2種類考えられます。

 

(1)自分が食べるものがなくなるという危機

(2)自分の命を奪いそうな危険が迫っているいう危機

 

「自然界は食うか食われるか」という言葉を思い出せば、納得がいくところでしょう。「食う」が危うくなるのが(1)で、「食われる」的な危険が迫っているのが(2)。

ただ(2)には、自分を食おうとしている外敵(ライオンなど)が迫っているという危機以外に、天変地異のような状況も含まれるでしょう。この場合は、(1)的な意味合いとも重なってきます。

このどちらを感知したときにも、生存確率を上げるための体内の対策として、ストレス応答という一連のメカニズム(ストレスホルモンおよび交感神経系を起点とするさまざまな連鎖反応)が立ち上がるわけです。

そしてその結果として、何らかの行動をしたいという衝動が生じる。

 

(1)に対しては、「えさをためる」という行動が考えられます。

(2)に対しては「逃げる」という行動があります。

 

「戦う」という選択肢もあるでしょうけれど、それは戦って何とかなりそうな相手の場合の選択で、どうしようもなさそうな強大な相手と判断した場合は、とにかく逃げるという本能が動員されるはずです。

 

こう考えると、首都圏あたりの人々の体内で、「今は危機だ」というストレス応答スイッチが入ったと想定するなら、「食料を買い込む」「新幹線に乗って関西などへ逃げる」という行動への衝動が発動されるのは、当然の成り行きといえます。
むしろ、生き物としての本能的反応が遅滞なく速やかに現れているという意味では、そういう振る舞いをする人たちは、生物学的な観点からいえば、きわめて“健康である”とさえ、いえるかもしれない。

もちろん、人間の行動は、個体の生存を最優先する動物本能にのみ支配されるわけではありません。
社会的な生き物として、それ以外の価値観も有しています。
例えば前の首相が好きだった「友愛」という言葉などは、その代表例でしょう。

そういったいくつかの価値観に基づいたいくつかの衝動の中で、最終的にどれかを選んで、人間という生き物は生きるわけです。
そういう意味では、「生存」を選ぶ人もいれば「友愛」を選ぶ人もいるということで、どちらもきわめて人間らしいということ。

僕がここで考えたいのは、首都圏あたりにいる人の体が、「今は危機だ」と感知した反応(ストレス応答)をしているという部分です。

人間が感じるストレスは、大まかに2種類に分けられると僕は思います。

(1)体が即物的に感じるストレス
(2)人間特有の思考力が作り出すストレス

(1)は、気温変化や水分・栄養不足、目の前にライオンがいる、といった、体が直接感知するストレス。
「人間以外の動物でも感じるストレス」と言い換えればわかりやすいでしょう。

今の現実の中でいえば、被災地のたいへんな状況に直面している方々には、こういうストレスが直撃しているといえます。具体的には地震の揺れに加えて、寒さ、水不足、食料不足、感染症など。

これを回避するには、そのストレスを生み出している源(ストレッサー)を取り除く以外にありません。
先ほどまで説明してきた本能的な危機回避行動は、それを取り除こうとする営みといえます。
これはきわめて合目的的なお話。
そのための作業は、自衛隊をはじめとする援助のプロたちががんばっているのだと思うし、今はその作業にがんばってもらうしかない。

ただ、都内の現実に限っていうなら、この部分の影響は、さほど大きくない。

問題は(2)のストレス。
これは、「不安」という言葉がぴったりはまる部分です。
今、目の前の現実がそこまで危機というわけじゃないけれど、頭の中の未来予測が「危機危機危機!」というアラームを鳴らしていて不安になる、そういうストレス。

東京は、確かに11日はかなり揺れました。
その後も余震が続いたり停電になったりしています。
そういう意味では、体内の危機対応システムがある程度動員されてもおかしくはない。

でも、現実に起きた危機の程度だけを取り出して、リアクションと並べて比べた場合、食料買い占めなどの反応は、やはりオーバーリアクションだと思うのです。

その「オーバー」の部分を生じさせているのが、(2)の不安アラーム。

比較の対象として、サバンナのシマウマのことを考えてみましょう。

サバンナのシマウマは、普段はのんびり草を食べたりしています。
目の前にライオンが現れたときだけ、キュッと危機回避行動(ストレス応答)が立ち上がります。もちろんそのときは必死。
で、、、うまいこと逃げられれば、またのんびり草を食べる。
目の前にライオンがいない状況では、ずーっと不安でいたりはしないのです。
もちろん警戒は四六時中しているでしょう。でも、それで胃が痛くなるようなストレスが生じるわけではない。もしそんな状況だったら、生きていけないでしょうから。

一方、人間は、未来予測とか、リスク評価とか、そういう思考ができるわけです。
サバンナは、どこに行ってもライオンに教われるリスクがあります。
もちろんその中でも、いかにも危なそうな場所とそうでもない場所があるのかもしれませんが(シマウマならそれがわかるのかもしれませんけれど)、でも完全に安全な場所は(人間が作った防護柵の内側をのぞけば)、ないと思われます。
そのリスクを考えるだけで、人間は不安に身が縮んで、ふらふら歩き回ることなどできなくなってしまう。
いまこの瞬間はライオンが目の前にいないのに、頭の中をライオンの不安が駆け巡って、アラームが鳴り続けるわけです。

これはもちろん、人間という生き物を人間たらしめている、優れた能力であります。
東大の脳科学者の池谷裕二さんは、「人間の脳の能力を一言に集約するならそれは未来予測力だ」と言っています。
未来が予測できるから、先回りして対策を立てられるようになった。
この能力故に、直接対峙したときには絶対に歯が立たないライオンのような猛獣さえ、人間は狩ることができるようになった(進化の流れの中で、ですよ)。

ただ、今のような状況においては、「直接にはそこまで危機というわけじゃないのに頭の中で不安が膨らんでしまう」という、この能力の負の側面が、強く働いているように、僕には思えるわけです。

食料買い占めはその現れの一つ。
それ以前に、たぶん都内で連日テレビを見ている人たち(自分もその一人ですけれど)の体は、今ものすごく緊張して、呼吸が浅くなっていると思います。
これは慢性的にストレスにさらされたときの特徴的な反応といえます。
急性のストレス応答は、火事場の馬鹿力のようなパワーを発揮する(そうやってライオンから逃げる)ためのものですが、ライオンがいないのに、頭の中で「危険危険」というアラームが鳴り続ける状況が続くと、体は緊張し続けて、固まってしまうわけです。

これはあんまり健全なこととはいえないですね。

じゃあ、なぜ不安が膨らむのだろう。

具体的な不安の対象は「余震」や「原発」などの先行きってことでしょう。

まあ、余震のことは誰もわかりません。現代の地震予測技術では、まださほど確定的なことは言えない。
不安といえば不安ですが、「誰もわからないのだからしょうがない」と開き直りやすい相手でもある。
それに現実の余震の揺れは、本震に比べたら小さいわけだし(少なくとも僕の居住地ではそうです)、そこだけを見ていれば不安が膨らむ要素はあまりないはず。
だけど、、、、東北などの被災地の悲惨な状況を見ていると、「次はあんなでかいやつがこっちに来るかもしれない」という不安が膨らむわけでしょう。

そして、たぶん今、一番不安を喚起しているネタは原発

「本当はもうちょっと先行きのことがわかるはずなのに明かされてないんじゃないか?」という気持ちが、なかなか晴れないわけですね、テレビの解説を見ている限り。
それが、「自分だけ逃げ遅れるんじゃないか」という不安を呼び起こす。

ようするに、いくらテレビを見ていても、先行きがわからないわけです。
で、twitterのような情報ソースからは、かなり悲観的な先行きを彷彿させる話も聞こえてくる。
すると頭の中で、悪い方のシナリオがどんどん膨らんでいく。

つまり、体感する現実からくる不安というより、メディア発の情報の方が、より大きな不安の元になっている、ということだと思います。

じゃあテレビを消せばいい?

一般的には、それも一つの有効な手段でしょう。
でも、地震や寒さと違って、放射線の危機は、目の前に迫っても目には見えないのだから、切ったら切ったで不安でしょうね。

ということは・・・
原発に関して、何か納得できる情報が提示されない限り、この社会的な不安状況は収まらないだろう、ということです。
「何か納得できる」というのは、未来予測能を持っている人間の脳を納得させる、という意味です。

僕が思うに、ここには少なくとも二つの要素があると思う。

(1)「この人は信用できそうだからついていこう」というリーダーが出てくること。
(2)未来予測能がある故の不安妄想を黙らせるだけの、納得のいく未来予測根拠が示されること。

(1)については、枝野さんはけっこういいキャラだと個人的には思う。
態度が誠実そうに見えるし、声がしっかりしている(学生時代に合唱部だったらしい)。
「この人が自分たちを見捨てることはないだろう」と思わせる雰囲気を、けっこううまいこと醸し出している。これは、政治家という仕事をする人として相当なポイントでしょうね。
twitterで「枝野寝ろ」tweetが盛り上がっているという気持ちは、わかります。
(まあこのへんは個人的な好き嫌いや主義主張にも大きく依存する部分なので、僕と違う意見の人も多いでしょう。それはそれで当然のこと。でも「枝野寝ろ」tweetが盛り上がっているということは、同様の感想を抱いている人がけっこういるのだろうと想像できます)

だから(ああやっとたどり着いた、一番いいたかった結論)、(2)を満たす情報が提示されることが、今とても必要なのだと思う。

脳は、未来予測をしたいのですよ。
未来について自分の脳が思考するプロセスを満たしたいのです。
その材料があまりに足りないから、悪い方の妄想がぐんぐん膨らむわけです。
(これも生き物の性質としては当然のこと。最悪の事態だけは避けないと、生きていけないのだから)

そのためには例えば、「最終的にこの原発は、どういう状態に持っていけば安全といえるのか」という情報が必要です。
そこへ至るためにクリアしないといけないステップは何なのか。
逆に、「予測される最悪のシナリオはどんなものか」という情報も必要でしょう。
そして、現状はその両極端のシナリオの間のどのへんにいるのか、そう判断する根拠は何か。
その根拠をえるために、どんな取り組みをやっているのか。

そういう全体像の中で、今やっている放水とか通電の試みが位置づけられないといけない。
と同時に、シナリオを好転させるための取り組みが、遅滞なく行われていると納得できなければいけない。

そういう理解や納得なしに「今の放射線量は安全です」ばかり繰り返しても、信用も納得もできるはずがない。
だってネット上には、その言葉以上に信頼できそうに見える情報が、山ほどあるのだから。

そういうウゾウムゾウの情報ソースよりも、いまの現場を仕切っている人たちの方が圧倒的に現状をきちんと把握していて、未来のことも見えていて、手だてを積み重ねているのだな、という風に、未来予測したがる脳に対して納得させないといけないわけですよ。

こういう観点から今テレビの報道を見ていて、、、語られている内容は、本当に、物足りない。

で、、、未来予測脳が納得しなければ、不安をふくらませる方向の予測が頭の中で渦巻くのは当然の成り行き。
その結果として、危機対応スイッチが入って回避行動(買い占めなど)が起きるのも、当然の成り行き。

もちろん・・・未来予測能がある程度満たされる情報が出てきたとして、それで各自がいろいろ考えた結果、関西に避難する人が増えるかもしれない。
それはそれで、仕方ない。
でもその場合でも、残る選択をする人は、今よりずっと腹を据えて自分が向き合う現実に取り組めるようになるはずだと思います。
つまり、人間の頭が作り出す妄想的不安は、減らせるはず。

もう一つ付け足しておくと・・・未来予測好きの脳が不安な妄想に走るあまり、緊張感が高まって、例えばよる眠れないとか、肩が凝るとか、動悸がするとか、そんな感じの健康問題が出てきている人も、きっと多いと思います。
そういう人には、マッサージやストレッチがおすすめです。
体を刺激して、体で「ああ気持ちいい~~」と実感するってことです。
このときは、テレビを切る方がいいでしょう。
このときは、「東北の人たちはもっと大変なんだから・・・」のような、友愛に満ちているけれど体の緊張を解くことを阻害するであろう思考はとりあえず横に置いて、自分の体の気持ちよさに思いっきり浸る意識が大事だと思います。

まあ、、、一番いいのは野口体操だと思うけど(笑)
でもこれは、ラジオ体操のようにだれでもすぐできるわけじゃないので・・・
だから、ラジオ体操でももちろんいいと思いますよ。