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2010年は長かった

やーすごくごぶさたです。 いろいろとばたばたしてたらもう大晦日ですね。

さっき年賀状を書き終えました。 だから元日には絶対、届かないと思います。ごめん。

 

最初に・・・ 最近読んだ本に、とても印象的な言葉が載っていたので、紹介しておきます。

いのちの中にある地球
いのちの中にある地球 デヴィッド・スズキ 辻 信一

日本放送出版協会 2010-09-18
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カナダの日系人生物学者デヴィッド・スズキさんの最新刊。 そこにこんな1節がありました。

 

「もしも、人類が一夜にして絶滅したなら、世界中の生態系が、その豊かさを回復するだろうと考えられています。人間として、これは恥ずかしいことではありませんか。逆に、たとえばアリが絶滅したら、地上の生態系は崩壊するだろうというのに」

 

う〜ん、すごい言葉だな。 すごく重みのある言葉なので、僕からはあれこれ付け足さないことにします。 気になった人はぜひ、この本を読んでみてください。

 

さて、年の終わりってことで、ざっくりと今年を振り返ってみたいと思います。

年をとると月日がすぎるのが早くて・・・というのは定番の感想ですが、たしかに前回のお正月はついこのあいだだったような感覚があります。

ただ、じゃあ日々の出来事があっという間にすぎていったのかというと、、それが不思議なことに、感覚的にはそうでもなくて、今年の上半期の出来事を思い返してみると、逆にはるか昔のことのような気もします。

まあ、例えばバンクーバーオリンピックとか。 夜を徹してカーリングを観ていたのは、ずいぶん昔の出来事のように感じたりもするわけです。

 

いったいどっちやねん?という感じですね。 たぶん、自分の中ですごくいろんなことが展開した1年だったのです。

 

やっていることはわりと淡々としていて、だいたい同じようなお仕事の繰り返しだったのだけれど、内面的には相当な激動・・・というか、さまざまな悟りや気付きや変化があったような気がする。

子供のころの時間経過が長く感じられる(例えばひと夏の夏休みなんて、感覚的にはもう永遠に続くんじゃないかって思うぐらいの長さだったように思う)のは、感覚に引っ掛かってくる発見や感動の密度が濃くて、高々ひと夏の期間で山ほどの経験を積み上げる(その結果として本人も変化(成長)する)からだといわれます。
自分が子供のころの記憶を振り返っても、例えば小学校時代の夏休みなんて全部で6回しかなかったはずなのに、そこでものすごくたくさんのことを経験している。それでほとんど人生観が決まったんじゃないかと思うほど。

それに匹敵するほどとまでは言いませんけれど、例えば会社に勤めていたころと比べたら、はるかに密度の濃い日々を積み上げた1年のように思えます。

もちろん、こなしていた業務量だけを比べるなら、会社勤めの当時は、たぶん今よりずっと働いていたと思うけれど。これは間違いない。
でもそのぶん当時は、いろんなことを感じ取るセンサーとか感受性とか、そういうものを鈍らせていたんでしょうね。そうじゃないと、あんな仕事量、こなせないよ(笑)

いまは、一つひとつの仕事を以前よりずっとていねいに進められるので、うれしいです。

今年ずーっとやっていたお仕事が、書籍の執筆。
雑誌で在籍していたのとは別の、書籍中心の出版社から出す予定で、1年以上前からずーーっと書き進めていました。
10月ぐらいにようやく最後までたどり着いて、編集者に渡して・・・
まあ、なんとか具体的な本になるメドが立つところまでこぎ着けたようです。
とはいえ、この先まだいろいろあるのかもしれないですけど。
一応今のところ、4ないし5月ぐらいに出版の予定、ということになっています。
これは、本決まりになったらまたアナウンスします。

自分はずっと雑誌の仕事に携わって来たので、文章を書くことは仕事として十分こなしていると思っていたのだけれど、1冊の本を書くとなると、雑誌の記事とはずいぶん勝手が違うものでした。
雑誌だと、文字数の制限が最初にあるわけです。それもかなりコンパクトな文字数です。例えば1行14文字×100行とか200行とか、そんな分量。原稿用紙にすると10枚もいかない長さですね。
そこに文章を書き込んでいくのは、頭の使い方としては、逆算の世界なんです。
着地点を見すえながら、サイズに見合うちょうどいい展開をはめ込んでいく、そんな感覚。

本1冊となると、150ページぐらいのそんなに厚くない本でも(僕の本もそんな感じになりそうです)原稿用紙数百枚分にはなります。
これはもう、話を展開させるスケール感が、全く違うわけです。

なので・・・最初は雑誌の感覚で書き始めたのだけれど、これでは全然ダメだということに気が付いて、、、ペースをつかむまでに半年ぐらいかかったような気がします。

で・・・その「ペースをつかむ」ということと、さっき書いた「いろんなことを感じ取るセンサー」のお話が、関係しているのです。

雑誌というスタイルの中では、文章量はこのぐらいで、締め切りはこのへんで・・・という身についた感覚が、情報のインプットや、思考の発展にも制限をつけていたんですね、おそらく。
「このぐらいまで考えれば、はい、ぴったり200行」って思ったところで思考停止(ないしセンサー停止)する習慣が、身についていたということです。

でも1冊書こうと思ったら、そこで止まってしまっては話が続かない。
それで、「この先はどうなってるんだろう?」と、雑誌の記事では必要なかったところまで考えたり、ネタを追いかけたりするようになった。
そうするとおもしろいもので、こちらの意識の持ち方の変化に応じて、使えるお話や、考え方のヒントが、どんどん飛び込んでくるようになった。
いや、それらはもちろん、元からそこにあったんですよ。
ただ、僕の方がそういう事柄に対してオープンではなかったということです。
コンスタントに雑誌のページを量産するにはそこまでやってられないという事情の中で、感性も、思考も、手前でストップさせるクセがついていた。

たぶんそういう習性が、徐々にはずれていったのだと思います。今年1年の中で。
それにつれて、いろんなものが自分のセンサーに飛び込んでくるようになった・・・ので、1年がすごく長く感じられた。そんな気がします。

ということで・・・感覚的にはとても長かった2010年もあと数時間。

とりあえず今の関心事は・・・晩ご飯、何にしようかな(笑)