だからやっぱりギブソンが好き

Gibsonの古いギターと、ラグタイム音楽、そしてももクロをこよなく愛するフリー物書き、キタムラのブログ

ラグタイムギターに入っていくきっかけは、「中島みゆき」だった

中1でギターを手に入れ、嬉々として弾き始めた日々。
最初に取り組んだのは、いわゆるフォークソングの弾き語りである。

確か、ギターを買ったお店の人が、おまけで「初めてのフォークギター」みたいな入門書をつけてくれた。
その最初に載っていた曲が、「いちご白書をもう一度」だった。

ああ、この歌なら知ってる。そんな感じでやり始めた。

出だしのコードがAm、次がEm、そして3つ目にして、いきなりFが出てくる。いま思えば、あんまり初心者向けじゃないよな(笑)


まあ、、でも、そのうちなんとか弾けるようになったんだろう。
中学生ぐらいの年頃は、なにをやっても上達が早いから。

このぐらいの年代の子供が、何かを好きになって、寝食忘れてやり始めたら、、

とてつもないスピードで上達するよね。
たぶん、人生で最も技能習得速度が早い。

その「初めてのフォークソング」みたいな本には、こんなことが書かれていた。

 

フォークソングの伴奏に使う3大テクニックは、ストロークアルペジオ、スリーフィンガーです」


で、それぞれのテクニックを使って演奏する曲が、並んでいる。


「いちご白書〜」は、ストロークの課題曲。

アルペジオの課題曲は、、なんだっけな、たぶんなごり雪とかかな。
で、スリーフィンガーになると、22才の別れとか、岬めぐりとかが出てきたんだろうね、きっと。もう覚えてないけど。

そこまで行けば、はいおめでとう、あなたはもうフォークギター完璧です!みたいな気分になる。

 

それで、、中学生が寝食忘れて取り組めば、、、

はい、1年もかかんないで、その辺まで行くわけよ。

で、中2ぐらいで「よし、オレはもう、フォークギター完璧!」とか、思ってたわけ。

 

まあ、こういうのも、一種の中2病か(笑)

 

そんなわけで、ギター演奏に対して、ちょっとした飽和感といいますか、中だるみ的な感覚を抱いていた時期があったのね。

 

当時、僕は札幌に住んでいた。

そのころ北海道では、松山千春さんがフォーク歌手として売り出し中。地元のラジオ局で番組を持ち、知名度と人気が、ぼちぼち上がり始めていた。

その番組は、僕もちょこちょこ聴いていた。

ある日、そこに、中島みゆきさんがゲストで出ていた。

みゆきさんは当時、すでに地元出身のスーパースターで、僕は、彼女の歌が大好きだった。

いっぽう、千春さんはまだローカルシンガー。みゆきさんとは、まあ、格が違う。

千春さんももちろんそれはわかっていて、「せんぱーい!」みたいな感じで持ち上げまくっている。

トークの中で、ギターの話題になった。

千春さん曰く、みゆきさんは、めちゃめちゃギターが上手いらしい。


スタジオにギターがあり、、千春さんが、みゆきさんにギターを差し出して、こんなお願いをした。

 

「先輩!なんか弾いてくださいよ〜」

 

みゆきさん、、「うーん、じゃあ、わかれうたのイントロでも弾こうか」

、、、ここで、最近の人は知らないかもしれないから一応言っておくと。

「わかれうた」っていうのは、ちょうどこの頃シングルカットされた、中島みゆきの曲。
Youtubeを見てみたけど本人の動画はないようなので、研ナオコさんの歌で聞いてみて。イントロは、まあ、原曲とほぼ一緒だと思う。
ああその曲なら知ってるよ、っていう人も、一応イントロだけでもさらっと聴き直してもらうと、この後の話が入りやすいかも。

 

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ああ、、みゆきさんらしい、せつな苦しいうただねぇ。

でも、、、イントロだけギターで弾くって…?

とか思っているうちに、みゆきさん、弾き始めた。

それが、こんな感じだったのですよ。

(そのときの本人演奏の音源なんてどこにも残っていないだろうから、ここでは僕が弾いています。こんな感じの生演奏がラジオから聞こえてきた、と想像しておくれ)

youtu.be


こんなのを、ストロークアルペジオとスリーフィンガーができればギターは完璧、とか思ってた中坊が、聴いちゃったわけですよ。

もう、ね、、ぶっ飛んだね。

え? ええ? えええっ?? なにが、どうなってるの???

伴奏と、メロディーが、いっぺんに弾けちゃってると!!

どうやったらこんなのが弾けるわけ???!!

それまでの自分のギター演奏の常識では、まったく理解できない。

それで、、、ですね。

このブログをいま読んでいる皆さんは、先ほどの動画を見ているから、「どうやったらこんなのが弾けるのか」を、視覚的に確認できるわけですよ。

だけど、中2のときの僕は、これをラジオで聞いた。

そこには、映像はない。

録音なんてもちろんしてないから、聞き返すこともできない。

もちろん、いわゆるソロギターと今では呼ばれているスタイルの演奏技術に関する知識も、なにもない。

 

「えっ??、なにこれ??」とか言ってるうちに、音はどんどん流れていって、30秒ぐらいで終わってしまった。


あとに残ったのは、驚きと、放心と、山ほどの疑問符。
そして、頭の中でループしている、記憶の中のギターの音。

 

さて、、、実はここからが、中学生の本領発揮なのね。

僕は、その脳内でループしている音を頼りに、「脳内耳コピ」を始めたのだ。

たった1回ラジオで聞いただけのギター演奏の音を、ひとつずつフレットの上で探していったのである。

よくそんなことできたなって、今でも感心するわ、ホント。笑

やっぱりこのぐらいの年頃は、脳の記憶力や吸収力が生涯ピークレベルだから、1回聞いただけの音を、丸ごと覚えてしまったんだろう。

その頭の中で鳴っている音を出すには、どんなポジションを押さえればいいのか。

伴奏のコードは、わりとすぐわかった。Emとか、Amとか、シンプルなやつだ。

で、、それと一緒に、メロディラインの音が弾かれている。

ってことは、、主に低音側の弦でベースやコードを弾きながら、高音側の弦でメロディを弾くのだな。

左手は、コードを押さえながら、メロディに必要なポジションも押さえるのだな。

 

、、、といった感じで、あれこれ試行錯誤を積み重ねること、おそらく2週間ぐらい。

わかれうたのイントロ(ソロギターバージョン)が、ついに完成した。

いやまあ、本人の演奏はそれ以降一度も聞いてないので、いわゆる「答え合わせ」はしていないけど、まあ、だいたいこんなもんだろう。

ここで大事なのは、、、

中2の僕がたどり着いたこの演奏が、みゆきさんの演奏と同じかどうか、ということよりも、、

こんなふうにして、コードトーンとメロディーを同時に鳴らす演奏が、ギターという楽器で可能なのだ、と、僕が気づいた点にある。

 

ピアノやオルガンに関しては、左手で伴奏、右手はメロディー、みたいな分担をすれば、両方同時に弾ける、という知識があった。幼稚園児の頃に、オルガン教室に通っていたからね。

でも、ギターはフォークソングの伴奏楽器=「コードを弾く楽器」って思い込んでいたから、そんな弾き方、思いもよらなかったわけだ。

おもしろいもので、、、このイントロをきっかけに、ひとたび、このようなスタイルの演奏が可能なのだ、という認識が出来上がると、、

 

そういうスタイルで演奏されている音楽が、耳に飛び込んでくるようになる。

たとえば、「アメリカ南部紀行」みたいなテレビ番組のBGMで、ちょっとブルージーなギター曲が流れていたりする。
それまでだったら聞き流していたであろうそんな曲も、「あれ、これ、もしかしたらギター1本でやってるんじゃ?」という意識で、耳を傾けるようになる。

で、、そうすると、そういうスタイルで弾かれてる曲が、世の中にはけっこうあるって気がつき始める。

すると、、、今度は、レコード屋さんでそんなスタイルの音楽を探し始める。

それで、、中学卒業〜高校生になった頃には、ドグ・ワトソンとか、ノーマン・ブレイク、チェット・アトキンス、キッキングミュール系のTab譜などを少しずつ見つけ、コピーするようになっていた。

そんな中で、徐々に「ラグタイム」というスタイルに傾倒していったのだ。

というわけで、その始まりは「中島みゆき」だったのです。


40年も挫折せず、飽きることなく、ギターを弾き続けられた理由

ひとつ前の記事でも書いたけど、僕がギターを弾き始めたのは中学1年の時。13歳ぐらいの時だったと思う。

で、いま55歳だから、もう40年以上も、ギターを弾いているわけだ。

 

自分としては、単純に、好きなことだから続けてきた、というぐらいの意識なのだけど、ちょっと客観的に考えてみると、これってなかなかすごいことだと思う。

楽器が好きで、あるいは憧れて、取り組んでみたものの、挫折した、とか、飽きちゃった、という人は、世の中、けっこう多いようだから。

そこで今日は、自分はどうやってこんなに長いこと続けてこれたのか、改めて考えてみたい。

 

まず出発点として、ギターや音楽が「好き」というのは大前提。

好きじゃないことを継続するのは、やっぱりしんどいからね。

 

とはいえ、「好き」だけじゃ続かない、という面もある。

 

楽器の演奏は「技術」だから、やり始めた時点では、うまくできないのが当たり前。
ある程度できるようになるには、練習を積み重ねないといけない。

 

挫折っていうのは、そこまで行く前に、嫌気がさしちゃうことだよね。

うまく弾けない状態で練習ばっかり繰り返して、つまんない、と。

  

じゃあ、どうやったら挫折しないで続けられるんだろう? 忍耐? 努力?

 

いや、自分の実感に照らしたとき、そういうたぐいの頑張りでやってきたという意識は、全くない。


僕が、ここまで続けてこれたのは、「好奇心」のおかげだと思う。

 

それはたぶん、ファーブル昆虫記のファーブル博士が、昆虫たちの不思議な生態を興味津々でながめているのと、少し似ている。

 

何がどうなって、こんなことが起きるの? という、謎解きのような気持ちだ。

 

具体的にいうと、、

 

ギターを弾き始めた頃は、「コード」というものがまるで魔法のように思えた。

本に載っているパターン通りに指で抑えてジャランと弾けば、歌のメロディとぴったりマッチする響きが出てくる。
幼稚園の頃に通ったオルガン教室で習った楽曲の世界(楽譜通りに弾くことが目標)とは全く違う、自由自在で万能な感じ。
どうやって押さえたら、あんな響きになるの?

新しいコードを一つ覚えるたびに、世界の謎が一つ解けていくような、そんな気分だった。

ちょっと弾けるようになってきて、スリーフィンガーという演奏パターンを覚え始めたときは、親指のリズミックな動きが「ノリ」を生む、という、演奏メカニズムの面白さに興味が湧いた。
グルーブとかスウィングとかいうリズムの感覚と、体の操作が結びついた、そんな感じ。

さらに、、ラグタイムなどのインスト音楽(ソロギター)にはまり始めたときは、「メロディライン」と「伴奏」を同時に鳴らすテクニックの面白さに、夢中になった。
5本しかない手の指をどうやりくりすれば、出したいハーモニーを組み立てられるか、まさに謎解きのような発想で、コピーやアレンジに取り組んだ。

・・・といった具合で、ファーブル博士のように観察をしていれば、興味深いネタはいくらでも尽きないのだ。

いまは、どんなふうに弾いたらどんな音色が出るか、という、右手の指の操り方に興味が向いている。

プロのギタリストは、どうやってあんな太くてかっこいい音を出すんだろう? 

いろんな試行錯誤を積んできた結果、、1年前、いや半年前と比べても、出音がずいぶん変わってきた。

 
まだまだ、のびしろだらけ。
だから、おもしろい。飽きない。


「うまく弾けないからつまんない」っていうのが、挫折への道。

でも、うまく弾けないって感じる部分にこそ、実は、観察や工夫の余地がいろいろある。

その面白さに気がつけば、、、ずーっと長く楽しめるんじゃないかなぁ。

そもそも何でギブソン?

昨日も書いたように、僕はギブソンのギターの音が大好き。
思えば、ギターを弾き始めた初期の頃から、ずっとそうだったような気がする。

 

このギブソン好きは、どこから来たんだろうか?

今日は、自分の好みのルーツを掘り下げてみたい。

 

僕が最初のギターを手に入れたのは、中学1年の終わり頃。1977か、78年頃だ。

 

その前年の76年(小6)、僕は当時ブームだったBCLにはまっていた。

BCLとは、Broadcasting Listeningの略。主に海外の短波放送を楽しむことで、当時、松下さんやソニーさんから、短波受信機能を強化したラジオが多数、発売されていた。
僕は松下さんのクーガ115というラジオを親に買ってもらい、夜な夜な海外から届くラジオプログラムに耳を傾けていた。ラジオオーストラリアやBBCは、日本語の放送をしていたので、小学生でも十分、楽しめた。

プログラムは主に、音楽番組。
ラジオを、手に入れたばかりのカセットテープレコーダーにつなぎ、流れてくる曲を片っ端から録音して、テープが擦り切れるまで繰り返し聴いていた。

つまり、僕にとってはこのBCL経験が、人生初の本格的な「洋楽」体験になったのである。

いろんなミュージシャンの音楽が流れていた。中で一人、とても耳に残ったシンガーがいた。

ジェームス・テイラー

 

あの甘くて繊細な声もさることながら、バッキングで流れるギターの音色が、強く印象に残った。
Sweat Baby James

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この人の演奏を聞いたことが、自分がギターを弾きたいと思うようになった、大きなきっかけだったと思う。
まあ、好きになったミュージシャンはほかにもいたけど、ことギターサウンドに関しては、ジェームス・テイラーインパクトが一番だった。

で、、中学1年も終わる頃、クリスマスと正月のおこずかいを総動員して、念願のギターを手に入れる。
近所のイトーヨーカドーで、2、3万円ぐらいで売っていたやつだ。中坊にしては大金だっただろう。


外観はマーチンのD-35とD-45を足して2で割ったような感じ。貝殻風のインレイやポジションマークも入って、それなりに綺麗だったのだけど、、、、

あのジェームス・テイラーのような音は出なかった。


なんか、、、ギターを手に入れたうれしさから一転して、結構がっかりしたのを覚えてる。ギターを買えば、ああいう音が出ると思ってたから(笑)

 

いやまあ、もちろん、買ったばかりで弾き方もよくわかんないうちから、まともな音が出るわけはないんだけど。

でも、、、なんかね、ああいう綺麗な音はでないなこのギターじゃ、っていうのはなんとなくわかった。


とはいえ、今みたいにインターネットとかはないし、当時の子供にとっては、ラジオやレコードで聞こえる音がどういう楽器で弾かれたものかを突き止めるのは、簡単ではなかった。

で、、、高校生ぐらいのころかなぁ? たまたま何かの雑誌で、小さな記事を見かけた。


ジェームス・テイラーが使っているのは、ギブソンのJ-50というギターだ」と。

 

ギブソン
名前はもちろん知っていた。ギター雑誌でよく「ギター3大ブランド」として「マーチン、ギブソン、ギルド」を紹介していたから。
でも、それぞれのブランドのギターがどんな音なのか、ということは、全くわかっていなかった。


そうかぁ、、あのJTのギターサウンドは、ギブソンの音なんだ。

これで、ギブソンというブランド名が、心に刻まれた。

さて、、ここで一つ、触れておく必要があるだろう。

一般に、ギブソンのギター(アコギ)の音といえば、ジェームス・テイラーのようなリリカルな音色ではなくて、もっとガツガツ、ジャキジャキしたロックなサウンドを思い浮かべる人が多いはずだ。

典型的なのは、例えば、こんな音。

youtu.be
 

この人が弾いてるギターは、1965年製のJ-50。ジェームス・テイラーが使っていたのとほぼ同時代のJ-50である。
あのJTのギターも、こんなふうにガッツで弾けば、たぶんこういう音が出たはずだ。

典型的なギブソンサウンドといえば、大抵の人がこんなのを思い浮かべるに違いない。


もちろん、これはこれで、とても魅力的な音だ。

だけど、僕の心に最初に刺さったのは、これじゃなくて、JTのあの音だったのである。

せっかくなので、もう1曲挙げようか。

You can close your eyes

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うーん、いい音だなぁ。。

で、、、ずーーっとときを経て、自分が大人になり、給料をもらうようになり、、初ギブソンを手に入れたのが、95年頃だったかな。
それはJ-50ではなくて、Gospelという、比較的チープだけど国内ではかなりレアなモデル。

楽器屋のウインドウで見かけて、ふと手にとり、ポロンと弾いたときに出てきた音が、記憶の中のJTサウンドとダブって聞こえた。


実はそのころの僕は、ギターから何年も離れていた。だけど、その音を聞いたときに、また弾いてみたいって思ったんだ。

そこからギターの世界に戻ってきて、はや四半世紀。

いまもギブソンの音が大好きだ。

 

ブログタイトル変えてみた ギブソン、ももクロ、ラグタイム

4月になって、新年度。

新しい元号も発表されたことで。

 

ほな、うちもちょっとイメチェンしよっか、ってことで、ブログタイトル変えてみた。

 

ギブソンももクロラグタイム

 

まあ、僕が好きなもの3つ並べた、そのまんまやね。

 

というわけで、今日からこのブログでは、この3つのテーマを中心に、主に音楽関連のネタについて書いていこうと思う。

※体や心、健康に関するネタは、そのうち別のブログを始める予定なのでそっちで見てくれ。

今日は初っ端なので、まずギブソンの話からしよっか。

 

ギブソンは楽器メーカー。エレキギターレスポールや、アコギのJ-45、ハミングバードなんかが有名やね。

ギターだけじゃなくて、マンドリンバンジョーも作ってる。そもそも100年ほど前、創業の頃、ギブソンマンドリンメインのメーカーだった。
フラットマンドリンっていう楽器は、今やカントリーやブルーグラスの主役だけど、19世紀までマンドリンといえば、ラウンドバックのクラシックマンドリンしかなかった。ギブソンの創業者オービル・ギブソンさんによるフラットマンドリンの発明は、新しい音楽ジャンルを生むほどのインパクトを、音楽界にもたらした。

そこから始まったギブソンの歴史。
あの独特のギターサウンドも、マンドリン造りで培ったノウハウに根ざして生まれたもの。

もともとガットギターメーカーだったマーチン社とは、そもそものルーツが全く違うのだ。

僕はギブソンのアコギの音が大好きで、好きなギターを見つけては買ったり売ったりしてきた。
そんなこんなするうちに、部屋の中はいつも楽器がゴロゴロしてて、いつのまにかこんな状況になってきた。

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※アンプがフェンダーなのは、まあ笑ってスルーしてくれ。

手前にあるケースの中のマンドリンGibson A-4)は1916年製、その横のカタツムリみたいな渦巻きがついたギター(Gibson Style O)は1920年製。どっちも、ほぼ100歳やね。

好きな音を追いかけているうちに、だんだん、こういう古い楽器に目が行くようになってきた。
新しい楽器ではなかなかない、枯れた、奥深〜い、いい音がするんだ、これが。

ちなみに、音楽ジャンルで僕が好きなのは「ラグタイム」。
これは20世紀初頭にアメリカで大流行したダンス音楽で、そのスタイルの創始者ラグタイムキングと呼ばれる作曲家スコット・ジョップリンは、1917年まで生きている。
つまり、右のマンドリンはぎりぎり、ジョップリンと同じ空気を吸っていたことがある楽器ってことになる。

この頃のスタイルの音楽に傾倒している僕が、当時生まれたの楽器の音色に魅せられるのは、まあ当然かもしれないな。

というわけで、こんな感じのネタをぼちぼち書いていきますのでよろしく。

 

 

ケータイを換えた

さて、ケータイを換えるというミッションが、昨日、無事に完了した。

 

手に入れたのはこれ。

iPhone XR の赤。

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ちなみに今まで使ってたのはこれ。

Casio G's One type-x

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こっちも赤。

 

こうやって並べてみると、なんとなく、デザインセンスが似てる気も、しなくもない。

 

そう、最終的に購入に至ってみて思ったのは、こういうことなのだ。

 

僕がケータイを換えることにこれまで前向きになれなかった最大の理由は、どうやら、G's One のデザインをとても気に入っていたから、なのである。

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ケータイ更新というミッションを前にした憂うつ

年が明けたあたりから、喉にひっかかった魚の小骨のように、頭の片隅から離れない懸案事項がある。

 

ケータイを換えなきゃ。

 

1月中に換えなきゃ。

 

僕がいま使っている携帯電話は、、、

これは何年から使い始めたんだろう? カシオのガラケー。もう相当な年代物だ。

 

、、、と思ってサクッとググってみたら、2010年発売のモデルとわかった。

 

time-space.kddi.com

 

これの赤いやつ。

 

当たり前だが、当時はピッカピカの最新機種だった。

いかにもタフっぽいデザインが気に入って、即決で購入した。

 

たぶん8~9年も使ってると思う。

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「誕生日おめでとう? 何がめでたいの?」

誕生日のあいさつといえば、「おめでとう!」が定番。

 

リアル人間関係でも、フェイスブックなどのSNSでも、誕生日には多くの人が、「おめでとう」という言葉を寄せてくれる。

 

ありがたいことである。

 

※あ、、ちなみに今日は僕の誕生日ではないからね。笑

たまたまそういう話を思いついたから書いているだけ。

 

まあ、いろんな人が自分に心を配ってくれているという意味では、ありがたい、、と感じるんだけど。

 

実は僕は子供の頃から、誕生日の何がめでたいのかよくわからない、と感じて生きてきた。

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ひさびさのファスティング体験と、man3DAL(マンサン)、そして内臓の弾力の感触

めちゃ久しぶりに、ファスティング(断食)をやった。

準備食2日+酵素ドリンクのみ3日+回復食野菜スープ3日。

 

10月29日スタートで、昨日(11月5日)までね。

 

仁さんとこのカウンセラーさんのしゅーくんが部長になって、

オンラインでサポート受けながら取り組むシステムがあって。

 

ameblo.jp

 

↑これはいまから始まるやつだけど、僕が参加したのはこれの10月期。

 

うん、なんかね、ちょうど引っ越したところだし、いろいろリセットする感じの流れになってるみたいで。

この募集の文字を見た時に、「あ、これ、いいかも」って思ったので、パッと飛び乗った。

 

まあ、今から思うと、、
もともと断食は甲田光雄先生直伝で習ったんだし、週末断食を毎週のようにやってた時期もあった。だから、とても久しぶりだけど、そんなに大変でもないだろう、って、ちょっと甘く見てたとこもあった。

 

やってみたら、、、やっぱりそんなことは無いのだな。

ちゃんと、そのとき抱えている問題、というか、課題にまつわる何かが浮かんできて、自分の中のアレヤコレヤがあぶり出されるようになってる。

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自分の背中が観えると、、

最近ふと思いついた、ちょっと面白い健康法(という呼び方はやや違和感があるんだけど、まあとりあえずそういうことにして)を紹介します。
「呼吸」「姿勢」「内観」などに興味がある方に、ちょっと試していただきたく。

必要なもの
・大きな鏡(洗面台、ドレッサーなど)
・手鏡

 

やり方
・上半身裸になる
(着衣でも可能ですが、脱いだ方がいろいろ面白い)
・大きな鏡に背中を向けて立つ
・手に持った手鏡で、大きな鏡に映った自分の背中を見る
・そのままぼんやりと、背中を眺める

 

これだけです。

 

「ぼんやり眺める」ってのがポイント。カラダのことをわかっている人ほど、いろいろ分析的に観たくなるかもしれませんが、そこは童心に帰って、ぼんやりと。
で、意識はむしろ、カラダの中(呼吸、姿勢、バランス、緊張など)の変化を観察します。

 

はい、要は、普段あまり見ることのない「背中」の映像が視覚に入ってくることで、呼吸や姿勢にどんな影響が生じるのか、ということです。

 

僕が自分でやってみた感じでは、さまざまなおもしろいことが起きました。とりわけ、初めてやった日は、いろいろ劇的でした。(その後は、徐々に慣れてきた)
ただ、自分一人の経験だけでは、どのくらい普遍性がある現象なのかわからないのです。


なので、興味を持った方は、ぜひ試して、感想をコメントしてください。よろしくお願いしますね〜

「アラカン」人生、絶好調

数日前、誕生日だった。

 

55歳である。

 

1の位が5になると、四捨五入で次の大台に繰り入れられる。

 

おおまかにいえば、約60歳、、ということだ。

 

四捨五入して次の台になることを、最近は、「アラ◯◯」のような形で呼ぶようだ。

 

アラサーとか、アラフォーとか、アラフィフとか。

 

じゃあ今度はアラシクスとかいうのかと思ったら、違うらしい(カミさんが教えてくれた)。

 

「アラカン」である。

 

このカンはもちろん、英語ではない。日本語だ。

 

赤いちゃんちゃんこを着る、あれだ。

 

そうか、ということは、自分もぼちぼち長寿を祝われるような年代にさしかかかってきた、ということなのか。

 

これはなかなかに、、感無量である。

 

これと同系統の感慨は、ちょうど5年前、50歳になったときも感じた。

 

50歳といえば、多くの人が、織田信長が好きだったと伝えられるあの一節、「人生50年~」を思い浮かべるだろう。

 

子供の頃は、何の疑問もなく、そんなもんかと思っていたが、自分がその領域に届いてみると、やはりちょっとした感慨がある。

 

ひと昔前の感覚でいえば、もう、いつ死んでもおかしくないぐらいの年齢なのだな、と。

 

で、、今回はさらにその上をいく。

 

なにしろ、赤いちゃんちゃんこである。

 

もはやおめでたい境地、なのである。

 

いや、正確にはまだそこには届いていないのだけれど、「四捨五入すればおおむねおめでたいあたり」までは届いた、のである。

 

おもしろいものだ。

 

50になったとき、「もう、残りの人生は余禄」というフレーズが、ふと脳裏に湧いてきた。

 

もはや、生きてるだけでまるもうけ、なのである。

 

だったらもう、好きなことやって生きよう、と。

 

それが5年前の2013年。

 

あのころから、自分の人生はガラリとシフトチェンジしたように思う。

 

実際に自分の身の上で、ずいぶんいろんなことが起こった。

 

新しい出会いもたくさんあった。

 

逆に、コンタクトがほとんどなくなった関係も、山ほどある。

 

身体系のメソッドでは、それまで野口体操一筋だったところから視野が広がり、骨ストレッチやヒモトレなどに出会った。

 

骨ストレッチのセミナーに初めて行ったのは、たしか2014年。はるか遠い昔のような氣がするけど、実はわずか4年前のことだ。

 

ヒモトレ入門の本が出たのは2017年。これはつい去年。でも、これももうずいぶん前のような氣がする。

 

いま一番興味を持っているのは、心屋仁之助さん(およびそのお仲間の人たち)のココロメソッド。

 

このあいだの日曜日は、心屋さんの定期セミナー「beトレ」に参加してきた。

 

当日のテーマは、「快楽」。

 

心から氣持ちイイと感じることを、遠慮せず、ためらわず、もっと追求しよう、って話だ。

 

逆に、快楽ベースではない判断、たとえば「やったほうが得する」「人としてやるべきである」のような判断でやっていることは、断捨離してしまえ、と。

 

ザクッとしたレビューはこちら

https://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12387876363.html

 

まさに、、、ああ、これこそ、我が意を得たり!なのである。

 

この1年で、僕は、あらたに6本のギターを入手した。

 

5年ほど前に「断捨離」と称して、当時山ほど持っていたギターから、選び抜いた2本以外は全て処分したのだが、そこからこの1年で再び8本まで増えた。

 

なかでも、一番最近ゲットしたのは、Gibsonのアコギの歴史上、最高峰とされる機種、Advanced Jumboである。

 

これはもう、、ポロンと弾くだけでその官能的な音色が放つ恍惚の波動のあまりに身が震えて泣きそうになる、そんなすさまじいギターなのだ。

 

戦前に300本未満しか作られていない、国宝級のギターである。

 

ついこの間までの自分だったら、こんな貴重なもの、自分にはふさわしくないとか、もっと上手くなったら、とか、宝くじに当たったらね、とか、そんな言い訳をして、まず、手を出さなかっただろう。

 

でも、、いや、もう、そんなん、いちいち氣にせんでも、ええやんか。

 

恍惚に浸っちゃえば、ええやん!

 

。。って、遠慮なく思えるようになった。

 

これを快楽と呼ばずして、何が快楽か。

 

ラカン人生、全開である。